終電

 俺は成績はともかく、比較的真面目な高校生だ。
 ハルヒのせいで学校に目を付けられそうな行動を取らせられているが、家ではまあまあ手伝いもするし、夜遊びや酒、タバコなんぞも嗜まない。
 だから一人で終電に乗るなんてのも経験がなかったのだが、本日初めてそれを経験しているところだ。しかし親公認の宵っ張りなのだから、自慢にもなにもならない。
 親戚の家に親の用事で赴き、夕飯だなんだともてなされているうちに、こんな時間になってしまったというわけだ。

 初めての終電の車内を興味津々と見渡してしまう。週末のせいか陽気に酔っ払った奴らが多い。あ〜、向こうじゃ車内だってのに吐いている奴がいる。一緒にいる友達らしい連中がゲロの始末をしている姿が見えた。
 すごい。妹の粗相は面倒みたことはあるが、俺にはただの友達のゲロの面倒はみれんぞ。
 感心しきりに眺めていれば、俺の座っている目の前に吊り革掴んで立っているおじさんは、吊り革を支柱にゆらゆらダンス中だ。
 昼間と違った光景は面白いものだったが、一緒に来たがっていた妹を連れてこなくてよかったとしみじみ思った。あまり羽目を外した大人の様子を見せるのは、奴にも、大人の権限を守るためにも避けなければならない。
 なんて、まだ大人の領域にもお邪魔していない俺が言うのもなんなのだがな。
 そうやってぼんやりと辺りを眺める。
 すると、ふいに見知った顔が視界に飛び込んできた。気のせいだと、それを視界からするりと外したのだが、何故だかそいつは俺が視線を外すのと同時にこちらに目を向けたのだ。
 一瞬の驚き。
 まあ、そうだろう。俺もなんでおまえがこんな時間の電車に乗っているのか、しかも初めて乗ったその終電に何故におまえと出会うのか、このすごい偶然に驚いているのだ。
 驚きの表情をすぐに引っ込めて、奴が満面にふわりと笑みを広げたのを見て、不覚にもどきりとしてしまった。
 ええい!無駄に笑顔を振りまくな!その美形顔は、俺の心臓に悪いのだ。
 人ごみを掻き分けて、奴が近寄ってくる。
 きっとあの笑顔で、こう言うに違いない。
「こんなところであなたに出会うとは驚きました」
 ってな。
 奴が近寄ってくる。
 それなりに混雑している車内を人の迷惑も顧みず、俺に向かって一心に近づこうとしている。ほら、カップルのお姉さんの肩にぶつかった。すごい顔で睨まれてるぞ、おまえ。
 あと二メートルの場所まで、奴がやってきた。
 そしてやはり数人にぶつかりながら、吊り革ダンスをしているおじさんをさりげなく俺の目の前から避けて、奴がついに俺の目の前に立った。
 ほっと一息ついて、ひどく嬉しそうに俺を見ながら奴が言う。
「こんなところで、あなたに会うとは驚きました」
 予想通りの言葉。そして予想以上の笑顔に俺は、一気に引き込まれた。
 俺たちの周囲では、酔っ払って声高く笑いながら話しているお姉さん方、吊り革ダンスをしているおじさん。少し離れたところでは吐いてしまったことを、泣きながら友達に謝っている大学生。
 そんな混沌とした終電車の中だというのに、俺たちは変なもじもじとした感情を共有しながら目的地までぽつりぽつりと話をするのだった。