11月11日はポッキー&プリッツの日!


 今日の俺は、珍しくお土産を持っていた。
 SOS団が根城にしている文芸部の部室に行くときに、俺は一度もそんなものを持っていった覚えはなかったのだが、今日俺の手には確かに袋一つのお土産が持たれている。
 別に変なものではない。最近では俺的に好感度の高いガッキーがCMしている、ただのポッキーだ。
 ただし、一箱、二箱ではなく、何故か十箱も近所のスーパーの袋に詰め込まれているという、異常な状態ではあったが。
 何故このようなことになっているのかと言えば、昨日ハルヒにこき使われた身体を引きずりながら家に帰宅したらば、俺を待っていたのは何故か山ほどポッキーだったのだ。どうしたのかと母親に聞いてみれば、近所の住人に貰ったらしい。子供会の役員をしているその人は、よく問屋にお菓子を大量発注しているのだが、そこの問屋が賞味期限が近いそれをサービスで大量にくれたというわけだ。近所づきあいってのはしとくもんだな。
 リビングのテーブルに置いてあるのは、そのおこぼれというわけで、基本的にこの辺の住人らしくオカン体質の母親は、食べ切れもしないのに大量に貰ってきて失敗したに違いない。目の前に沢山あると、甘いもの好きの妹ですら飽きてしまったらしく、一箱貰っただけで後は手を付けなかったという。
 と、いうわけで、もれなく長男の俺にこの大量ポッキーの消費を命じてきたので、俺はそれをこうやって学校に持ってきたというわけだ。
 とりあえず、俺はこれを確実に減らしてくれるあてがあった。
 クラスメイトではなく、一人の少女に俺はこれをあらかた渡すつもりだ。

「よう」
「キョン!ノックしてから入りなさいって言ってるでしょ!」
「ああ、すまんな」
 部室に入った途端の罵声には慣れっこだ。今日は少し遅くなっていたから、朝比奈さんの着替えは既に済んでいるだろうという予測の元にノックを省いたのだが、どうやらそれは当たりだったらしい。あられもない朝比奈さんの姿を見ることがなかったことに、九割の安堵と一割の落胆を感じながら、俺は心の籠もっていない謝罪をハルヒにした。
 部屋を見渡せば、俺以外のメンバープラス、臨時団員と化している鶴屋さんがいた。俺はいつもの定位置のパイプ椅子の上に鞄を置いて、例の山ほどポッキーの入ったビニール袋を長門に差し出した。
「これをおまえにやろう」
 長門は無表情で「そう」とだけ言って俺から袋を受け取った。中身を確認した時の長門は、珍しく1秒ほどきょとんとして、それからあの大きな目の中に3g程の喜びを浮かべて、俺に「ありがとう」とぺこりと頭を下げた。
 うむ、どうやら喜んでもらえたようだ。「受け取る理由がない」とか断られたらと思ったが、そんな展開にならないで良かったぜ。そしてそれからは予想通りの展開でハルヒが叫んだ。
「なになに!なによ?キョン、有希にだけなの!?」
「まさか。ほら、受け取れ」
 これは我らが団長様の分。ハルヒにぽいと一箱投げてやれば、抜群の運動能力で見事にキャッチしてくれた。
「これは、朝比奈さんに。鶴屋さんもどうぞ」
 それから古泉にも、とりあえず渡してやる。嬉しそうにするな。大量にあるから、ついでだ、ついで。おまえのだけがメンズポッキーなのは一つだけしかメンズポッキーが無かったからで、おまえが一応このメンバーの中で唯一俺と同じ男であるからして、特にそれ以上の理由もなく、それをくれてやったにすぎない。
「サンキュー、キョン君!めがっさ嬉しいぞ!」
「ありがとう、キョン君。お茶、煎れますね。ポッキーに合うお茶あったかな」
 鶴屋さんと朝比奈さんに喜ばれ、俺は至極満足する。我が家では少々やっかいものになっていたポッキーであったが、俺の株を上げてくれる一役を買って出てくれた。母親の貧乏性に感謝だ。
 そして当然聞かれるであろう、この大量ポッキーの理由を話して聞かせ、(この間、長門は早速ぽりぽりと食べ始めていた)納得がいったところでハルヒがこんなことを言い出してくれた。
「ポッキーゲームをしましょう!」
 ……そうきたか。
 しまった、先ほどの浅はかな俺よ、反省しろ。ハルヒにかかっては、お菓子も満足に食べることはできないのだ。
「いいね!あたしもやりたいぞ!」
 ハルヒと同系列のノリで賛成してくれた鶴屋さんの脇で、朝比奈さんがうかつにも呟いてしまった。
「ポッキーゲームって、なんですか〜?」
 ああ、朝比奈さん…。貴女はそんなことを質問すれば、すぐにもハルヒの餌食になってしまうことを学習したほうがいい。朝比奈さんの言葉を耳にしたハルヒは、鷹が獲物を見つけた素早さで、がしりと朝比奈さんの肩を掴んだ。
「ひゃあああ、な、なにするんですかあ〜?」
「こうすんのよ、みくるちゃ〜ん。ほら、端っこくわえて!こうやって、端っこを二人で食べていってどちらがより多く食べれるか競うゲームよ!はい、よーいスタート!」
「えええ〜、ふぐっ、はわわわわ〜っ!」
 ぱきん!
 あ〜あ、早速折れてしまった。5ミリも進まなかったのでハルヒが満足する筈もなく、「もう一回よ!逃げちゃ駄目、みくるちゃん!」と、鶴屋さんの元気な応援を背景にして、またしてもポッキーをくわえた。俺はといえば、いつもの胸を揉んだり、服を剥いだりという行為よりは幾分大人しいセクハラだったので、これはハルヒのスキンシップとみなしてポッキーゲームを眺めることにした。
 なにより、美人二人が接近しているのを見るは、悪くない。
 しかし俺は、ハルヒに接近されて赤くなっている朝比奈さんを眺めながらも、後方に座っている長門に注意を促すのを忘れなかった。
「あまり一気に食べるんじゃないぞ、長門。いくらおまえといえども、腹を壊すか胸焼けを起こすぞ」
「……」
「な〜が〜と〜」
「…努力する」
 既に二箱目に着手していた長門は、少し惜しそうにしながらも、食べるペースを落とした。
 そうこうしているうちに、ぱきんとまたしてもポッキーの折れる音が響く。
「あ〜、もう、みくるちゃんは照れ屋さんすぎよ!」
「ふえええ〜、許してくださ〜い」
「みくるは清純派だからね。ハルにゃん、そろそろ勘弁してあげなよ!」
「もう、仕方がないわね」
 ハルヒは鶴屋さんに言われて大人しく引き下がると、ポッキーを一本くわえて、ふいに長門に目をくれた。
「有希!やりましょうよ!」
 おお!これは、あまりにも珍しい光景だ。
 長門はハルヒの命令を基本的に無視することはない。今回は特にポッキーを食べられるゲームと判断してか、文句一つ言うこともなく、長門はすすんでハルヒの目の前に立った。
「よし!よ〜いスタート!」
…ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり
 長門は無言で食べ進め、ハルヒも負けじと顔を近づけていったが、スピードの落とさぬ長門にさすがにひるんだ。そして、もうこれはキスしていると言ってもいいくらいの距離になってようやく、「だあ〜っ!」とハルヒから顔を離した。顔をまっ赤にしているハルヒと対照的に、長門は無表情のまま残りのポッキーを全て食べ尽くす。
 負けず嫌いのハルヒは悔しそうにしながらも、「くう〜、有希には負けたわ」と肩を落としてチャンピオンの称号を長門に贈った。

「微笑ましいものですね」
 俺のくれてやったポッキーを食べながら、古泉がぽつりと呟く。おまえの言いたいことはわかるさ。美人が四人で戯れている姿は、本当に平和的だよな。最近はこんな日常が増えた気がする。
 なんて、日向ぼっこをしながら遊んでいる孫を見るがごとくに平和に浸りきっていると、それを打ち破る命令が発令された。
「キョン!古泉君!今度は男子の番よ!今度は二人で、やりなさい!」
…はい、平和終了。
 短い平和だったな。古泉はやれやれと苦笑した様子で俺をちらりと見てから、いつもの完璧スマイルでハルヒに頷いてみせた。
「では、そちらをくわえていただきますか?」
「…ったく、野郎同士でやってるのを見ても面白くもないだろうが」
 ぶつぶつと文句を言ってやれば、ハルヒに早くやれと背中をどつかれた。
 …まったく、人の気も知らないで。
 ハルヒの号令で、渋々始める。あ〜嫌だ。本当に嫌だ。…古泉の顔が近い。
 完全に引き気味の俺の仏頂面を見て、古泉がふっと笑った。まるで「ここらで許してあげますよ」とでも言いたげなその笑顔に、俺はカチンときましたよ。
 古泉の意思でポッキーが折られようとする寸前に、俺の身体は勝手に前に出た。
 背後で女性陣の息をのむ声が聞こえたところで、俺は大仰に身体を古泉から離し、叫び声を上げる。
「おえ〜っ!古泉とチュウしちまったぞ!ハルヒ、おまえのせいだ。責任とれ!」
「え〜、なによ!責任だったら古泉君に取ってもらいなさいよ。ていうか、どうだったのよ?一年女子の憧れの存在の古泉君の唇の感触は!?あ〜、もう〜写真撮っておけばよかったわ。ちょっとキョン、もう一回やりなさいよ!」
「断固拒否する」
 俺はハルヒの攻撃を避けて、廊下へと出る扉に手をかけた。戦略的撤退だ。
「ちょっと!どこ行く気!」
「うがいしてくる」
 背後でハルヒの「逃げるな〜!」の声が響いていたが、そんなものを聞いてやる筋合いはない。

 さて、これからどこへ行こうか。うがいと言って出ていったのだから、トイレ前の洗い場がわかりやすいか?
 俺はこれから五分後、確実に追いかけてくるであろう古泉を待つことにした。
 何のためにか?そんなの決まっているだろうが。
 さっきのふざけた行為のやり直しをするためにだ!