柔らかな、ソレ


「みくるちゃんはまだかしら?」
 ハルヒがいつになく朝比奈さんを待ち焦がれている。ため息一つついて、まるで恋人でも待っているかの様子に思わず理由を聞いてしまったのは、俺の最近やたらと鍛えられている第六感が、またハルヒがろくでもないことを考えているぞと、百万匹くらいの虫を使って知らせてくれたからだ。
 すると俺の問い掛けに対してかえってきた応えはこれであった。
「なんか、みくるちゃんのおっぱいを触りたい気分なのよ」
「…あほかおまえは。おっぱいとか言うな。おっぱいとか」
「あんたは今、二回言ったわよ」
 誰が言わせたんだ。ぎろりと睨み付けてやれば、ハルヒに逆にベロリと舌を出されてしまった。正論を唱えて睨まれるのは、ゆとり世代の功罪かね。
「あ〜つまんないわね!みくるちゃんまだかしら」
「おまえいい加減にしろよ」
「なによ、おっぱいの柔らかな感触に喜ぶのは男ばかりじゃないのよ。母親の柔らかい乳房の想い出がある人間は、みんなあの感触が好きなの!ちなみにうちは母乳育ちだったから、あたしがみくるちゃんの豊満なおっぱいを揉みたいと思ったっておかしくないのよ!」
 だからおっぱいおっぱいと騒ぐな。聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「じゃあ、あんたの貧相な胸を揉んであげるから、上脱いでちょっといらっしゃいよ」
「じゃあがどこにかかるか、俺に詳しく教えろ!」
 俺達のやり取りに、まったく気にも留めない長門は置いていて、人事のように笑ってる古泉め。自分には被害が被らないと思っているおまえに、世間の厳しさを教えてやろう。
 俺は、古泉を親指で指しながら、ハルヒに言ってやった。
「貧相な俺よりも、古泉の胸のほうが揉みがいがあるぞ。こいつは結構胸筋があるからな」
「なっ!何言ってるんですか」
「え、そうなの?」
 よしよし、ハルヒの興味が古泉に向いた。そのキラキラした視線をこれ以上ぶれさせないために、俺はそっと古泉の後ろに周り、逃げられないよう腕をホールドした。
「さあ!思う存分、古泉の胸を揉んでやれ、ハルヒ!」
「あ、あなたは!自分だけ助かればいいって言うんですか!?」
 ああ、その通りさ。大人しくハルヒに胸を揉まれればいい!
「うふふふ〜、ちょっと新たなる展開ね。古泉くん、大人しくしててね〜」
「うわっ、ちょっ?本気、ですか!?あ、ああ〜〜〜〜〜〜!!!」

 古泉にあられもない声を出させるだけ出させて、ハルヒは満足そうに離れた。
「へえ、古泉君って意外に身体鍛えてるのね」
「…………、ご、満足、いただけ、ました、か」
 さすが、涼宮ハルヒのイエスマン!がっくりと肩を落としながらも、ハルヒを否定しない古泉に心底感心してやる。ニヤニヤと笑っていると、古泉に恨みがましく睨みつけられ、ハルヒに聞こえない、しかし俺にははっきり聞こえる甘い低音でぼそりと宣言された。
「…………あとで、存分に揉ませてもらいますから」
 ……やばいな。あの目は本気だな。
 まあ、古泉の珍しい姿を見れたから、今日は言うことを聞いてやろう。
「あ〜、でも、やっぱり男より女の子のおっぱいのほうがいいわね〜」
 散々古泉を弄んでおきながら、駄目出しをするハルヒ。今日は、何があろうとも朝比奈さんの胸を揉まないと大人しくなりそうにはないな。まだ来ぬ朝比奈さんのこれからを哀れんでいると、いつの間にか長門がハルヒの隣に立っていた。
「ん?なに、有希?」
 すると長門が、ハルヒの手をそっと掴んで、自分の胸に押し当てた!俺も驚いたが、ハルヒも長門の行動に固まっている。
「な、な、なに???」
「別に、いい」
「も、揉んで、いいの??」
 驚愕するハルヒに、長門はこくりと頷いた。
「え、あ、それじゃ、失礼して…」
 朝比奈さんとは違い、長門相手にはセクハラはしないハルヒは、古泉の胸を揉むなんぞよりも意外な展開に、ぎこちない動きで長門の胸を遠慮がちに触った。揉むと言うよりは、そっと触る程度だったが。
「満足?」
「……あ、ありがとう。有希」
 礼を言われると、長門はまた椅子に座って分厚い本を読み出したのだが、ひょっとしてこのくだらない遊びに長門も混ざりたくなったのだろうか?もしくは「あ〜ん、○○ちゃんのおっぱい大きい。ちょっと触っていい?」みたいな、女子高生同士の触れ合いみたいなものが、情報統合思念体とやらに中途半端にインプットされて長門をこのような行動に走らせたのか。判断に苦しむところではあったが、完全にハルヒの度肝を抜いたのは確かで、俺はそんな珍しく困った様子を見せるハルヒを見て、ちょっと笑ってしまった。
 ちなみに散々弄られた古泉は、困り気味のハルヒを見て溜飲でも下げたのか、いつもの優等生スマイルを取り戻している。はっ!とても四分前まで、おっぱいを揉まれていた男とは思えないな。
 この予想外の展開に、不思議空間となりつつある文芸部部室は、マジで時が止まったかのように一瞬の静けさを漂わせた。
 しかし、それを打ち破るかのような可愛らしい声が響き渡る。
「遅れました〜。進路指導があって…、って、どうかしたんですかあ?」
「あ〜〜〜ん!みくるちゃん!」
「ひゃあぁぁぁぁっ!!!」
 遅れてやってきた朝比奈さんに、呪縛が解けたかのようにハルヒが襲い掛かり、念願のおっぱいを揉み出した。もう、今日は何も言わんでおこう。朝比奈さんには大変申し訳ないが、俺は俺で古泉にぎゅっと手を掴まれていて、今夜は自分の無い胸を揉まれることが決定なんだな〜と人事みたいに考えることしかできないでいるのだった。