クリスマスなんか嫌いだ!クリスマスなんかバカだ、大馬鹿だ!


「クリスマスが嫌いなんだ」
 涼宮さんの鍋が主体のクリスマスパーティは、彼のトナカイの出し物で無事しめられ、僕らは帰宅の途についているところだった。
 もう時間も遅く、辺りは暗くなっていた。しかし、クリスマスイブという時期柄、あちこちの家々にはイルミネーションが飾られていたりして浮かれた雰囲気を醸し出していた。
 こんなクリスマスイブの日に、彼と二人きりで歩けるだなんて。まるで恋人同士のようじゃないですか。などと、彼に「好き」だとも言ったこともないくせに、そんなことを妄想している時の、この一言だった。
「クリスマスが、嫌い、ですか?」
「ああ」
「でも、先ほどは楽しそうにしていらっしゃったじゃないですか」
 即興でやったトナカイの出し物も、大変おかしかったですよ。と付け加えるのは、彼がそれを思い出してギロリと僕を見たのでやめにした。
「ハルヒの鍋は実際美味かったからな」
「ええ、大変美味しかったですね」
「鍋だったから、あれは別によし」
 クリスマスっぽくないし、と続けた彼に「じゃあ、どんなのは駄目なんですか?」と興味本位に聞いてみる。でも、クリスマスに鍋って意外にあるんじゃないかなと思ったのは内緒にして。
「ああいう、イルミネーションが嫌いだ」
 と言いながら、派手に飾り付けてある家のほうを指差す。何もそんな小馬鹿にしたふうに言わなくたって…。
 それから二人でてこてこ歩いて商店街に出ると、彼はレストランの外に出している「クリスマス特別メニュー」を指差して、また鼻で笑った。
「こんなのバカみたいだ」
「…はあ」
「ケーキなんか食べる気もしない」
 とことんだ。この人はとことんクリスマスが嫌いなのだ。では、この日は日ごろはどうやって過ごしているのだろう。彼には妹さんがいることだし、この手のイベントは彼女が率先してやりたがるに違いない。
「あ?コタツに入って、鍋だな。コタツは強。半てん着て夕飯を食べる。ケーキは妹が食いたがるから母親も買ってくるが、俺はその日は鍋だけで腹が一杯だとやり過ごしているんだ」
「て、徹底していらっしゃいますね。でも、小学校の時や幼稚園とかでクリスマスをやったりしませんでした?」
 僕の記憶の向こう側でも、その手のイベントは必ずあった筈だ。
「ああいうのがあったせいで、俺はクリスマスが嫌いになったと言っても過言ではない。あのやらされてる観がどうしても好きになれないんだ」
 ここまで聞かされると、少しなるほどと思う。周囲がやっているから、さあ我々もやりましょうという事態が好きではないというわけなのか。しかし、やはりそれでもクリスマスが嫌いというのは、今後人付き合いをする上で苦労しそうだと、いつもの微笑みに苦笑を混ぜ込んだ。
 それに、僕はこの手のイベントごとが実は好きだ。普通の暮らしを送れなくなってから、特に季節の行事を積極的に参加したいと思っている。こうやって、誰かと同じことをしているという安心感。涼宮さんは好まれない感覚だろうけれども、僕はそんな「普通」に憧れるのだ。
 彼は日ごろから自分は凡人の見本市だと言っているくせに、どうしてこんなところだけは普通とは違う意見を述べるのだろうか。普通に過ごせるなら、いいじゃないですか。普通に世間一般と同じようにクリスマスを楽しみましょうよ。
 そんな僕の言葉も、彼は「日本人のくせに」「仏教徒のくせに」とやっぱり鼻で笑った。
 ここまで言われると、この時期が嫌いではない僕は少し意地になってしまったんだと思う。「嫌い」「嫌い」と言う彼に、唇に笑みを浮かべながら「でも、僕は好きです」と反論してしまった。
「あ〜あ、エスパー少年も案外世間一般だな」
「好きなものはいいじゃないですか」
「でも、俺は嫌いだ。俺には今後その手のイベント話題を振るな」
「あなたが何と言おうとも、僕は好きだと言いますよ」
「はっ、あ〜きらい、きらいきらい」
 小さな子供みたいに耳を塞いでいる彼に負けじと、大きな声で僕も言い返す。
「僕は、好きです。好き、好き、好き」
 あれ?何か変な感覚。
 好きと言い続けているうちに何に対して好きと言っているのかわからなくなってくる。
 勘違いしちゃいけない。僕が好きだと彼に言っているのは「クリスマス」。
「好き、です」
 止まれ、古泉一樹。
 こら、彼の手を掴むな。目を潤ませながら彼を見るな。
「古泉…?」
「好きなんで…す」
 僕の言葉を聞いていた彼がきょとんとした顔つきから、みるみる真っ赤に変わっていく。
 ああ…、ばれた。
 バカだなあ。クリスマスに浮かれて、僕は自分から墓穴を掘ってしまったわけだ。
「…お、ま、え」
 僕の言っている意味を理解してしまった彼が、信じられないものでも見るように僕を見ている。
 もう、いいや。言ってしまえ。
 告白して、どんがらがっしゃ〜ん、だ。

「僕は、あなたが好きです」

 クリスマスソングが遠くで聞こえてくる。昼間は雪の素振りはなかったけれども、今は綺麗にちらちらと雪が降ってきている。いわゆる状況はロマンチックで、世間に右にならえのステレオタイプな告白だった。涼宮さんがいたら、大笑いしてくれる状況だろう。
「この、」
「すみません」
「ばっかやろうが!!!!!」
 耳をつんざく罵倒と、彼のパンチが僕の鳩尾に入った。胃液が逆流しそうな思いに苦しみながら彼を見れば、むかついてしょうがないといった雰囲気の彼が僕を見下ろしている。基本的に8cm僕のほうが身長が高いので滅多に彼から見下ろされることはないのですが、今は腹を抱えてうずくまっているので彼は僕を見下ろしているわけです。僕を見るあなたは、本当に嫌なものを見ている。
 ふふふ…。そ、んなに、嫌でしたか。
 まさか、告白して殴られるとは思ってもいませんでした。
「すみません…」
「ああ、謝れ。俺に謝れ。土下座して謝れ!」
「土下座まで言わなくてもいいじゃないですか」
「よりにもよって、クリスマスに告白なんかしやがって!おまえは最悪だ。俺があれほどクリスマスが嫌いだと言った話を、さっぱり聞いていなかったのか!」
「あ、あの…」
「俺のこの人生に、クリスマスの思い出なんか付け加えやがって!」
 今度はバシンと彼の持っていた通学カバンが飛んできた。ひどい。
 彼は怒ってどんどん先を歩いていく。僕はその背中を見つめながら、一体何に怒られているのか考えてみた。
 あれ?
 怒っているのは、クリスマスという一点に絞られていませんでしたか?
「あ、あの!ちょっと待ってください!」
「ええい、うるさい!あっちへ行け!このクリスマス信奉者!俺を洗脳するな!」
 邪険にする彼を、いきおいついでに背中から抱き締める。すごい、これぞクリスマスの奇跡だ。今まで告白の「こ」の字もできなかったというのに、好きだと言って彼を抱き締めるまでしている。
「あの」
「……」
 僕はクリスマスにまつわる全ての力を借りてみることにする。
 クリスマスソングや電飾のきらめき。幸せそうな恋人たちと家族。クリスマスプレゼント。それからいるかもしれないサンタと、ついでに赤鼻のトナカイ。この日が誕生日の、日本人には軽く忘れられているイエス・キリスト。
 皆さん、少しの勇気を僕にください。
「あの」
「なんだ!」
「クリスマス…、まだ嫌い、ですか?」
「………」

「くそったれ!」

 彼からの答えが、今年の僕のクリスマスプレゼントでした。