俺は謎の転校生に夢を見ない


 ハルヒは謎の転校生にどんな夢を持っているのか知らんが、俺は実際に目の前にいる男のせいで、まったくもって夢なぞ見なくなってしまった。
 ああ、確かにすごいぞ。この謎の転校生は。
 なんたって超能力者だ。
 しかも、どんな団体かはわからんが謎の組織「機関」とやらに所属しているらしい。その所属団体から命じられて、この高校に潜入してきたというのが、奴の言い分だ。謎の組織は国家レベルの組織なのか?
 すごいな、謎の転校生。
 と、ここまで謎の大盤振る舞いをしている転校生の近くにいながら、俺が何故その存在に夢を見なくなったのかと言えば、原因は謎の転校生「古泉一樹」により近くなってしまったからだ。
 胡散臭い同級生から、友人。親しい友人。それから……、恋人。
 近い、近すぎる。奴の癖とかいう顔の近さくらい、俺たちの関係は近すぎる。密着しすぎだ。
 で、まあ。これ以上ないくらい、俺はこの謎の転校生のことを知る機会を得てしまったわけなのだ。ただ、こいつの所属している機関というものは、あまり古泉が話したがらないのでそれは謎の組織のままなのだが、古泉一樹の生活というものを俺はかなり把握してきている。
 そもそもこいつの部屋の汚さを見て、ちょっとだけハルヒに似た幻想を抱いていた俺は、早々にそれを捨て去った。
「おまえなあ、その辺にCDを裸で投げておくなよ」
 危うく踏みそうになったそれを拾いながら、古泉に文句を言ったが「すみません」と言いながらも、こいつはこの状態を正すことがないことを俺は知っていた。
 そもそもこいつは面倒臭がりやなのだ。よくぞまあ、ハルヒの前ではマメな男を演じられるものだと感心するほどに、素のこいつは面倒臭がりやだ。顔はいいくせに、寝癖がついていようとあまり気にしない。服装だって、部屋にいる時はかなりどうでもいい格好だ。
 そりゃあまあ、俺だって人の事は言えないさ。家で着ているスウェットだって、中学の頃からの愛用だ。だから、こいつがTシャツ短パンで部屋でカップラーメンを食べている姿を見せた時だって、俺は部屋の汚さ同様にあまり驚きはしなかった。
 ただ、謎の転校生というブランドに何の期待もしなくなっただけだ。
「こんな僕は幻滅しますか?」
「そうだと言ったら、おまえはどうするんだ?」
「そうですね…、あなたの前では理想の古泉一樹を演じてみせますよ。身だしなみに気をつけて、部屋でもブランドものを着て、優雅にコーヒーでも飲むような」
 そんな提案は早々に断りを入れた。俺は、演じたこいつを好きになったわけでも、謎の転校生のブランドに惚れたわけでもないからな。
「いらんことするな。おまえは、俺の前ではまんまの古泉一樹を見せればいいんだ」
 そんなことを言った俺に、やたら嬉しそうな顔を見せた古泉に、胸をときめかせたのは俺だけの秘密だ。
 しかし、世間の皆様の古泉一樹像に対する冒涜だな、これは。
 俺だけに見せる本物の古泉に優越感を味わいながらも、俺は自分の座る場所をキープするために軽く部屋を掃除をしながら、そんなことを思った。そして、部屋の隅にあるダンボールに目がいった。この間部屋に来たときは、なかった筈のダンボールだ。俺の座る定番の場所の脇にどかんと置いてあったので、とりあえず古泉にこれをよけてもいいかと聞いてみる。
「ああ、すみません。台所にでも置いてもらえますか」
「いいのか?仕事に使うものとかじゃ…」
「えっと、多分、食料だと思うんで」
 多分?おいおい、食料だとしたら、多分じゃ駄目だろう。冷蔵庫に入れるものがあったらどうするんだ。ぎりぎりこの部屋にはあまり有機物は散乱していないから異臭はしないが、俺は腐ったものと部屋を共有するのは断固として嫌なので、そのダンボールの中身を確認してみた。
「中、見るぞ〜」
「あ、はい」
 開けてみると、確かに古泉のいう通り食料品が入っていた。うどんやそばの乾麺。それから米。レトルトのカレーやら、牛丼やら。生ものはないなと安心していると、ごろんとリンゴが五つばかり無造作に入っていた。
「りんご入っているぞ」
「え?本当ですか。生ものは入れるなって言ってあるのに…」
 うん?誰が、これを送ってきているんだ?機関、じゃない様子は古泉の態度でなんとなく伺い知れた。じゃあ、誰だ?
 ダンボールをさらに探ってみると、新しい下着とかセーターとか衣服も出てくる。リンゴの脇に下着って…。
 この無造作加減に誰かさんを思い出し、つい興味本位にダンボールに付いたままの宅配の宛名をこっそり見てしまった。そこには、古泉と同じ名字の人間の名前が記載されている。
「…これって、もしかして」
 俺が配送表を見たことに気がついたらしい古泉が、肩をすくめて苦笑しながらさらりと説明してくれた。
「ああ、それ、実家からです」
「実家」
「なんだか、家に余っているものを無造作に入れてきている節があるんですよね」
 困ったものです。なんて言っている古泉を、呆然と見上げる。
 なんだ、この軽いショックは…。自分が何か得体の知れないショックを受けていることに動揺していると、古泉の携帯が鳴った。機関からかと身構えるが、古泉がいつもと違う口調でそれを取ったので、違う意味で俺は固まってしまった。
「あれ、どうしたの?ああ、うん、届いた届いた。リンゴとか入れるなよなあ。あ、正月は帰れないから、父さんにも言っておいてよ。うわ、わかってるって。大きな声出すなって、近所迷惑だっての。じいちゃんの風邪治った?ああ、良かったじゃん。うん、正月過ぎたくらいに家に一回帰るからさ。じゃ」
 …、えっと、なんだ、この庶民な電話の会話は…。
 古泉の聞いたことのないだらだらした話し方に脳みそが追いつかないでいると、会話を終わらせた古泉が少し照れた様子で「母親です」なんて説明してくれた。
 あ、そうか、俺はまだ、謎の転校生に夢を見ていたんだな…。だから、こんな古泉を見てショックを受けているわけか。俺もまだまだ夢見がちの、トゥーシャイシャイボーイだったんだな…。
「あ、あの、どうかしましたか?」
 茫然自失をしている俺に気がついたのだろう。古泉が、その綺麗な顔に似合いの憂い顔で、俺を心配そうに見ている。そんな顔を見ていたら、俺は猛烈に腹が立ってきてしまった。
「え〜い、おまえのその顔が悪い!」
「はあっ!?」
「おまえなあ、子供の頃に突然ハルヒに超能力を与えられて、悩んだみたいなこと言ってたじゃないか!それならテンプレ的に親との確執だの、機関に所属するにあたって普通の生活を送れない孤独な三年間を過ごしたんじゃないかと思うだろうが!」
 実際は、こんな雑多なものを詰め合わせて送ってくれる両親がいる、普通の(超能力を持っているのは確かなので、普通ではないが)一人暮らし男子高校生だなんて。
「世の中の夢見る人達に謝れ〜!」
 八つ当たり気味に文句を言いながら、少しだけ安心もしていた。こいつの「謎」なんかじゃない「普通」の背景に。憂い顔は単なるイケメンのかもし出す幻想だったという事実に。
 普通万歳だ!
 てなわけで、俺は謎の転校生に一切の夢を見るのをやめたわけだ。