おやつ


 家に誰もいないから、遊びに来いよ。
 なんて誘われて、のこのこ行ってしまう浅はかさ。しかし、僕はそんな自分を嫌いじゃないし、こんな無防備な誘いをしてくれる彼のことも、当然のごとく嫌いではない。
 いや、むしろ好きだ!
「心の声は、心の声として納めておいたほうがいいと、俺は思うぞ」
 おっと、失礼。どうやら声に出してしまっていたようですね。
「それに、無防備なんじゃない、無意識でもない。その辺のところを少しは自覚と自信を持ってもらわんと、俺としてもどんな天然野郎かと自分が情けなくなる」
 はい、すみません。
 そんなことまであなたの口で言わせてしまって。
 表面上は呆れたような顔をしているけれども、耳たぶが真っ赤になっている彼を見て、僕はほこほこと顔が綻ぶのを止められないでいる。
 彼が、僕を、きちんと恋人として誘ってくれた事実に、浮き立ってしまっても仕方が無いでしょう?
 しかも出だしで述べたように、「誰もいないから、遊びに来い」なんて誘い文句。きっとあなたはこんな何気ない一言を言うために、今朝から考えて悩んでいてくれたに違いない。
 本来の彼は、こんな台詞を言うくらいならば、その場で強引にキスの一つも仕掛けたほうがマシだと考えるような人だ。
 僕としては、そちらのほうが恥ずかしいと思うのですが、口で誘うよりも行動に出したほうがテレがないのだと、前にやはり耳たぶを真っ赤にしながら言われてたことがあったので、これは僕の憶測ではなく事実なのだ。
 おくびにも出さないだろうけれど、そんな風に彼が僕に対して頑張っている姿を見るのは、男として恋人として嬉しいものだ。
 僕も色々と、あなたに対してがんばらないとと思ってしまいますね。

「んじゃ、適当に座っててくれよ」
「はい」
 彼の言うとおりに家に誰もいないので、まだ昼間だというのに家の中は随分と静かだ。
「にゃ〜」
「おや、誰もいないというわけではありませんでしたね。お邪魔しております、シャミ氏」
「にゃ」
「シャミ、古泉の相手してやっててくれ。俺、お茶となんか持ってくるからよ」
「お構いなく」
 僕の膝にシャミ氏をちょこんと乗せていくと、彼はそのままお茶と「なんか」を取りにいくために階下へと降りていった。
「シャミ氏はおもりと言うわけですかね? ねえ、シャミ氏」
 今度は返事はなかったけれども、三万匹に一匹と言われているXXYの遺伝子を持った珍重されるべき彼は、その貴重さなぞ知らんと言った手合いで大きく欠伸をすると、飼い主たる彼の命令を実行しようと僕の膝の上でそのまま寝始めてしまった。
「ふふ、いいですね。僕もこうやって彼の膝で眠りたいものです」
 シャミ氏に自分を投影させていると、「アホか」と頭上から呆れた声が降り注ぐ。お茶と「何か」を用意してくれた彼の登場だ。
「ほいよ、大したもんはないけれど」
「いえいえ、ありがとうございま…」
 彼が僕の目の前に「朝比奈さんみたいにうまくは煎れられないけどよ」と言いながら置いてくれた緑茶には特に疑問は持たない。
 ただ、彼の持ってきた「なんか」に僕は口をつぐんでしまった。
 まず、きんぴらごぼう。
 それから、卯の花。
 その脇に置かれたのは…?
「牛スジの煮込み」
 教えていただいてありがとうございます。
「テーブルの上が茶色になりましたね」
「おお、そういやそうだな。まあ、こんなもんだろ。お茶請けなんて」
 そう言いながら、ひょいときぴらごぼうをつまんでぱりぱりと軽快な音をたてる彼。
「………、これは、おやつ、ではなく、おかず、ですね」
「ええ!? そうか? うちじゃ、いつもこんなもんだぞ」
 本当にびっくりしている彼を見て、少しだけ胸を撫で下ろす。
 僕と甘い雰囲気になりたくないための牽制じゃないんですよね。このセレクションは。
 なら、いいです。
 僕は彼から箸と小皿を受け取ると、さて、この目の前の「おやつ」を乗り越えて、どうやって彼と甘い雰囲気に持っていこうかと頭をフル回転することにした。