前略。

前略

 突然の手紙、驚いたことでしょう。
 僕からこんな手紙をもらうだなんて、あなたには青天の霹靂でしょうから。こうしてペンを進めながらも、あなたの困惑した顔が目に浮かぶようです。
 それに僕は字が汚いですから、読みにくくて困惑以上に眉をしかめているかもしれませんね。
 だけれど大丈夫でしょう。
 この手紙があなたに読まれることはないのですから。
 僕は気兼ねなく、この汚い字のままにあなたに手紙を書きたいと思います。

「なんだこれは?」
 俺は一つの手紙を手にして、紙面に綴られている通りに盛大に眉を寄せて困惑をしていた。

 夏休みってのは不思議なもので、いつもならば起こされないとベットにしがみついてる俺も、何故だか自然に早起きができてしまう。
 妹は更にそれが顕著に出ていて、ラジオ体操に行くせいもあり、朝も早くからバタバタと大騒ぎをしている。多分その騒がしさも要因なのだろう。俺は騒がしさと、お天道さんの上がるにつれて上昇する暑さのせいで、父親よりも早く起きていた。
 そのせいで夏休みの間は朝の新聞を取りに行くことになっているのだ。これもガキの頃からの習慣。
 そんなわけで今朝もラジオ体操に出かける妹を見送りながら、新聞を取りにきたわけだ。
 いつもの判を押したかのような夏休みの朝の始まりは、新聞と共に入れられていた一通の手紙によって少々様子のおかしいものとなってしまった。
 その手紙は無地の白い封筒でそっけないものだった。どれくらいそっけないものかと言えば、住所すら書いておらず、俺の名前のみがぽつりと書いてあるだけなのだ。そして裏を見返せば「古泉一樹」の文字。今どき手紙のやり取りというのも珍しいと他の皆さんは思われるだろうが、俺は最近この手の古風な連絡手段に慣れてきていた。
 未来人やら宇宙人やら超能力者やら、どちらかと言えば時代の最先端を突っ走って俺たち凡人には背中すら見えない位置にいるような奴らが、何故かこぞって手紙で俺と連絡を取ろうとしてくるのだ。なんなんだろうね、この古めかしさが新しいとか新鮮だとか思っているのかね、俺の同好会の仲間たちは。
 だから、俺は古泉からのこの住所も何もない、一見「やだっ、ストーカー!?」と女性ならば引いてしまいそうなシンプルな手紙にも特に動ずることなく、ぺりぺりと封を切って新聞片手に玄関先で読み出したのだ。
 どうせ、明日あたりにあるSOS団の集まりで何かするから協力してくれ、とかそんな内容だと高をくくっていたのだが、その考えは手紙の出だしで裏切られた。
「…なんの悪戯だ、こりゃあ」
 手紙の内容を鵜呑みにするのならば、俺に読まれないことを前提とした手紙になるわけなんだが、俺の家に投函されている時点でそれはありえない。古泉がポエムな気分でも夜中に盛り上がって、つらつらと書いたこれを誰かがこっそり盗み出して俺の元に届け、古泉に対する嫌がらせをしているってのも、少々無理がある話だ。
「何はともあれ、この爽やかな天気の下で読むような手紙じゃなさそうだな」
 頭上を見上げれば抜けるような青空だ。近所から流れてくるラジオ体操の音楽のお陰でどこか夏休みのうきうきとした気分を味わえるこの朝の風景に、俺の手にしている手紙はあまりにもそぐわない気がして、俺はそれを持ってとっとと部屋に引き戻った。