ぶっ生き返す!!


 きっかけは簡単だった。
 俺はクラスメイト、国木田や谷口ではなく、もうちょっとくだけたことを色々やっている奴に、グラビア雑誌を見せられながら話をしていた。そんなものを見ながら男子高校生たる自分が何を話すのかと言えば、この女性は好みか好みじゃないかだ。
 至極自然だし、健康的な話題と言えよう。
 漫画雑誌に載っているグラビア程度だから、特にきわどいものでもなく、水着で爽やかに笑顔を見せつつ、少し大きめの胸を突き出した程度の、よくあるグラビア写真。どうよ?と問われて、右よりは左の子が好みだな。そんな程度の簡単な話題。
 右の頁の女の子は、ちょっときつめの目つきの女の子で勝気なタイプだった。左の頁の女の子はちょいとロリ系で、でも身体は拝みたくなるような巨乳でそのアンバラスさは俺の好みだった。だから、思わずそういう答えになったわけなのだが、そんなクラスメイトとの些細なやり取りに、後ろの席に座っていたハルヒが不愉快そうに鼻を鳴らしたのだ。
「あんた達、くだらないわね」
 唐突にそう言って、ぷいっと横を向いてしまったのだ。
 俺とそのクラスメイトはその唐突さに、きょとんとしてしまったのだが、特にそれ以上ハルヒからも何も言われなかったので、俺はその出来事に対して何の杞憂も持たなかった。
 その後のSOS団での活動も、ハルヒはえらく楽しそうに朝比奈さんの写真撮影会を催し、俺たち全員をこき使ってくれていたので、俺は完璧に昼休みの時間のクラスメイトと俺と、ハルヒとのやり取りのことなぞすっかり忘れてしまっていたのだった。

 それを思い出させてくれたのは、その日の夜の電話だった。
 いつの間にか俺の携帯電話のアドレス帳には、SOS団全員のアドレスが登録されていた。いつ登録したのか覚えていない。ハルヒとは、無理やり交換させられたことは覚えているのだが、いつの間にか、長門、朝比奈さん、そして古泉のアドレスが俺の携帯の中には入っていたのだ。
 しかし、俺はあのメンバーのことを考えると別段、それらを不思議に思うことはなく、むしろ改めてアドレスを聞かなくて済んだことを喜んでいた。
 俺だけかもしれないが、新しく誰かに携帯のアドレスを聞くのは変に緊張しないだろうか?それが結構親しくなっていた人間だったとしても、相手にとっては自分はそれほどのものなのかを確信できないのだ。携帯のアドレスを教えてもいい相手かどうか。
 俺は相手から聞かれない限り、あまりアドレスの交換をするタイプではない。どうにも自分よがりの友人関係なのでは?という考えが少しだけ頭の中をよぎるのだ。ゆえにアドレスの件数が三百件登録できようが、俺の携帯のアドレス帳の中身はそれほど増えることはなかった。
 そんな俺の少ない登録メンバーの中の一人、いつの間にやら登録されていた「古泉一樹」という名前の表示が携帯の画面に映り出された。
「おう」
「今晩は、古泉です」
 携帯に自分の名前が出るのがわかっていようとも、ひとまず名乗ってしまうのは誰しも同じことのようで、俺だけじゃないんだなと古泉の一言に変に納得をする。
「どうした?こんな時間に」
 時計を見れば、時間は十時を過ぎようかという時間になっていた。古泉からの電話が急用以外の何ものでもないことは、俺自身わかっている。こいつと俺の関係は用がなくても電話を掛け合うような仲ではないのだ。
 だから、「何か」があったのだろう。俺がらみで。
「すみません。単刀直入に申しますと、今夜閉鎖空間が発生しました」
「……ああ、そうか…」
 そう言われるのはわかっていた。古泉の生活の全てを握られている、閉鎖空間という気の狂った世界の発生。それを生み出す人間、涼宮ハルヒの感情の起伏に古泉は細心の注意を払っているのだ。世界の平穏を守るためという理由から。
 そんな正義の味方である少年は、涼宮ハルヒの感情の起伏は俺にかかっていると明言して止まない。俺の言葉の一つ、行動の一つが全ての原因であるかのように言及してくるのだ。
「…俺が、何かしたのか?」
 今回の閉鎖空間の発生は、俺のせいだと古泉は責めているのだろう。奴が正義の味方ならば、俺の存在は悪の組織の一人に違いない。
 なんて、友人関係なんだろうな!
 携帯のアドレスを交換しあう、正義の味方と悪の怪人だなんて、世の中のちびっ子どもが泣いて嫌がるに違いない。
 俺の一言に、古泉は「いえ」と遠慮するかのように否定してくれたが、俺のせいだと思ったからおまえは電話をかけて寄越したのだろうと、俺は言いたくてたまらなかった。
「あなたのせいだとは決して。ただ、今日の放課後には普段どおりだった涼宮さんでしたが、少し空元気のように明るく振舞っていたように感じたものですから、部室に来る前にクラスで何かあったのだろうかとあなたに聞きたかっただけなのですよ」
「…俺に原因があると思っているなら、素直にそう言え。歯にものを着せて話す奴とは腹を割って話せん」
「…すみません。確かに、涼宮さんの感情をひどく害するものがあるとすれば、あなた以外には考えられないというのは事実です。何か、しましたか?」
 ああ、そうやってストレートに聞けばいい。俺は嘘はつかん。
「さてな。さすがに、俺は自分の行動をそれほど記憶しているわけじゃない。…心当たりがあるとすれば」
 今日、ハルヒが不愉快そうにしたのは、あの時のたった一回だけだ。少し言葉を濁した俺に気がついた古泉が、畳み掛けるように聞いてくる。
「何か、あったんですね?」
 俺は古泉の丁寧な口調の影で、「ああ、やっぱり」と呆れた調子が含んでいるかのように感じて、少しだけむっとした。俺は、古泉に何故責められなければならいんだ?別段、世界の破滅なぞ望んでいるわけでもなく、なんだったら古泉と同様にこの世を壊そうとする、あの得体の知れない化け物を倒すために協力してやってもいいとさえ思っているのに。
 俺はいつの間に、悪の結社のメンバーに組み込まれてしまったんだろうか。
「どんなことがあったんですか?気にも止めないことだったとしても、どうか僕に教えていただけませんか?これからの予防策の為にも必要なんです」
 余裕を含ませた調子ではあったが、古泉が真剣にそれを知りたいと思っているのを感じて、俺は昼休みにあった、くだらない男子高校生らしい会話と、それに対する少しだけ潔癖じみた女子高生らしい会話のくだりを全て教えてやった。
 このことに原因があるとは思えなかった。何故なら、普段から「萌え」とかなんだのを口にして、朝比奈さんに無体を働いているハルヒのことだ。どの女の子が好みか、なんて会話を気に留めるとは到底思えなかったのだ。
 しかし、ハルヒが唯一不快感を露わにしたのは、あの時ただ一度きりだったので、俺は古泉の望むようにその出来事を話して聞かせてやった。
 すると「なるほど」と変に納得しだしたので、俺はこれのどこが原因なんだと古泉の問い詰めたのだ。そして今度は、驚いたように問い返されてしまった。
「あなた、本当に原因がわかってらっしゃらないんですか?」
「さっぱりわからん」
 俺はハルヒの思考の全てを理解しているわけじゃない。そもそも男と女との違いで思考回路も違うのだから、どんなところに地雷が仕掛けられているかだなんてわかるはずも無い。
「…では、明日説明いたしましょう。ところで、その漫画雑誌はどの雑誌ですか?」
 唐突にそんなことを聞かれて面食らったが、俺は本日発売されたばかりのその雑誌名を古泉に教えてやった。
「では、それを明日検証することにしましょう」
「おまえが買ってくるのか?」
 古泉とグラビアアイドルが載ってる雑誌というのは、随分と合わない感じがする。
「ええ、別段、少年誌なんですから、十五歳の僕が購入してもいささかの問題もないとは思いますがね」
「それはそうなんだが、買ってる姿をハルヒには見られないほうがいいな」
 謎の転校生イケメン古泉一樹の理想像として、ハルヒじゃなくても俺はそれがイメージじゃないと判断して、そう苦言してやった。
「そうですね。その辺は抜かりなく行動しますよ。それでは明日、休み時間にでも」
 そう言って、古泉は「夜分にすみませんでした、おやすみなさい」とやたらにいい声で囁くように言って電話を切ってくれた。
 俺が女子だったらこの声だけで恋にでも落ちそうだな、なんて気色の悪いことを考えて、次の瞬間にそんなことを考えて自分にぞっとして、俺は古泉のやたらに甘い声の余韻を消し去るように、床へ壊れない程度に乱暴に携帯を投げ捨てるのだった。