ぶっ生き返す!!


「つまりですね、あなたの選択が涼宮さんを不満にさせたのでしょう」
 次の日、昼休みに古泉と人のいない屋上で落ち合い、母親の作った焼肉弁当を食べながら、俺は古泉の説明を聞いていた。ちなみに古泉はコンビニの牛丼弁当。おお、気が合うじゃないか。
「どういうことか、わからんな。ハルヒはそっちのグラビアアイドルを贔屓にでもしてたと言うのか?」
 目つききつめの少女をちょいちょいと箸で指すと、古泉は肩をすくめて笑ってみせた。
 まったく、こんなグラビア雑誌の前ですらイケメンはイケメンだな。こいつが手に持っているものなら、グラビア雑誌もカフカの小説と同等のものに見えるだろうよ。
「あなた、本当にわからないんですか?」
「わからんから、さっきからわからんと言ってるだろうが」
 今は言葉遊びをする気はないんだ。大体、なんなんだ、こいつは。平気そうな表情を作っておきながら、その疲労したような顔色は。食欲はあるようだから切羽詰ってはいないのだろうが、古泉の顔色はあまりよくない。
 俺はまるで、古泉に無言で責められているような居心地の悪さを感じて、ことさらにぶっきらぼうな口のききかたになっているのを自分でも自覚していた。
 俺を責めるなら、はっきり責めればいいんだ。
「いいですか?あなたは涼宮さんに好意を持たれているということを自覚すべきだ」
 またそれだ。
「こちらの女性は、そうですね、少しばかりハルヒさんに似ています」
「こんなに胸はないんじゃないか?」
「いえ、そういう身体的特徴ではなく、タイプの分類として似ているという意味です。そして、あなたが好みだと称した女性は、いわゆる朝比奈みくるタイプです」
「……」
 にっこりと笑みを深くされて、俺はようやっと古泉の言わんとしている意味を理解した。
「そう言うことか…」
「そう言うことです」
 頭が痛い。くだらん、くだらなさすぎる。つまりハルヒは自分の分類仲間のグラビアアイドルが、俺に好みじゃないと言われたことが気に食わなかったというわけだ。
 しかし、そんなこと程度であの閉鎖空間とやらを発生させられるのでは、俺は女性にたいして何のコメントもできないことになってしまうではないか。それは、一男子高校生としてあんまりだ!
 俺は食欲を失い、あとたった一枚残っている焼肉を食べる気になれずに弁当を脇に放り投げて、そのまま屋上のコンクリートの床に大の字になって寝転んだ。こんな面倒ごとは完全に放棄したい気分だ。
 そんな俺を見て、古泉が少しだけ同情めいた声で慰めてくる。
「あなたも、辛いですね」
「そう思うなら変わってくれ」
 一般的に情熱を持て余し過ぎの男子高校生たる俺は、今後一切ハルヒの前では修行僧のような生活を送らねばならんのだ。今は一年なので後輩なぞいないが、いずれできる可愛い後輩から、恋がかなう伝説の木の下での告白を夢見たり、ナイスバディな女性教師からの甘いレッスンを妄想したりもしてはいけないのだ。
「……あなたが涼宮さんとお付き合いなさればよろしいんですよ。大変魅力的な方ですし、美人でもいらっしゃる。エキセントリックさも年齢と共に落ち着くでしょうし」
「俺は、そんな理由からあいつと付き合う気にはなれない」
 俺があいつへ向けている感情は好意的なものではあるが、それはあくまでも友人としてのものでしかない。一緒に騒いで遊んで、引きずり回されて、喧嘩して、そんなことが楽しい仲間の一人でしかないのだ。
「おまえも、あいつしかいないとか言って、俺の範囲を狭めさせるな」
「…すみません」
 本当にすまないと思っているのか疑わしい笑顔で言う古泉が憎らしくて、俺は上履きの足のままこいつの太ももを蹴ってやる。
「ったく、俺はどうしたらいいんだよ」
 悪いが古泉よ、俺はこの原因がわかったとしても、閉鎖空間を予防する行動なぞ取れないと思うぞ。すると、それに古泉が同意するように頷いてくれた。ついでに、何故か俺にじりっと四つんばいの状態で近づいてくる。
 …寝ている俺を、上から覗き込むな。
「おい…」
「きっと、僕が女子生徒で、こんな体勢を取っているところを涼宮さんが目撃したら、確実に閉鎖空間が発生するでしょうね」
「かもな…」
 素直に認めると、古泉がにっこりと笑って見せた。
「それは僕が女子生徒だった場合であって、僕が僕、男子高校生である古泉一樹が行っている場合は、何の感情も持たれることはないでしょう」
「そりゃそうだろう」
 でなかったら、俺は国木田や谷口達と会話一つできやしない。

「よろしかったら、僕とセフレにでもなりませんか?」

 今一瞬、確実に世界は止まった。
 古泉があほなことを言い出したせいで、俺はそれが脳髄に届くまでに多少なりとも時間がかかった。その間に、空を浮かんでいる白い雲は、結構移動した。
 そのくらいの時間を要しないと、俺は古泉から受けたダメージを緩和することができなかったのだ。
「……古泉よ。気色の悪い冗談を言うな」
「おや、冗談というわけではないんですよ。僕もあなたと同じ年齢の男ですから、あなたの辛さはよくわかります。そういう性的なことに興味が湧く年齢ですし、覚えた快楽に慣れていないぶん弱いところもある。なのに、あなたはその発散する場が簡単には見つからない。僕らはあなたに協力を求めているが、こちらからもバックアップしたいのですよ。僕は涼宮さんも勿論ですが、あなたにも平穏に暮らしていただきたいと思っているわけですし、ですからあなたの言われる情熱の発散のお手伝いをしようかと」
 僕も好奇心はあるものですから。なんて言葉で締めくくられて、古泉の長台詞は終わった。
 つまり事情のわかっている古泉(男)とならば、ハルヒに勘繰られることもなくとりあえずの好奇心と欲求は満足できるのではないかとこいつは一見もっともらしく提案したというわけだ。
「……なるほどな」
「どうです?一度試してみるのは」
 まるでこれから売店にでも行きませんか?とでも言ってるような古泉に、俺は少しだけ毒気を抜かれてしまった。
 そして、俺は、なんと!首を縦に振っていたのだ。
 俺がこんなにあっさりと頷くとは思ってなかったのだろう。古泉も意外そうな顔をしてみせていた。
 好奇心?
 情熱のほとばしり?
 軽いノリ?
 いや、まったくもってそれらは違うと俺は否定しよう。
 少しだけ好奇心はあったのは確かだが、それよりも俺は気が付いてしまったのだ。
 何のことはないとでも言うような古泉の笑顔と声の調子を裏切って、奴の手が微かに震えていたのを。
 それがどういう意味を含んでいるのか、俺は確かめたくなってしまったのだ。