ぶっ生き返す!!
しかしすぐに見つかるとはいえ、とりあえずどこかへ古泉を探しに行ったほうがいいだろう。
「ここは、どこなんだ?」
辺りを見渡せば、暴れている神人の背後に見慣れた建物が見えた。どうやら、学校に近くのようだ。見覚えがないのは、いつも見ている風景とは反対側から見ているからか。
俺は目に留まった学校へ、ひとまず向かうことにした。道はよくわからないが、坂道を登ればぶつかるに違いない。
「自転車が欲しいな」
ああ、そう言えば自転車を道端に放置してしまったな。有り得ない場所に置いてきてしまったから、今頃近所の人間に撤去されているかもしれない。だが、今優先することは古泉だ。自転車のことは、後で考えることにしよう。
俺は奴らと違って超能力云々の力を授かっているわけではないので、この閉鎖空間にいようとも不思議な力を使って空を飛ぶことも、瞬間移動することもできない。だから、俺はひたすらに学校に、神人に向かって走った。慣れてきた坂道とはいえ、走れば結構きつい。足がガクガクになりながらも、俺はようやく学校まで辿り着いた。
しかし、彼女は古泉にはすぐ会えると言ったが、ここに来るまでに奴に出会えることはなかった。さて、学校に着いた。次はどうする?
「あいつらがよく見える、屋上にでもいくか」
俺と古泉が今のような関係になって以来、行く気になれなかった屋上だ。あそこで事が始まった。
学校内は不思議なことに、どこもかしこも鍵がかかっていなかった。屋上も錠がかけられていることが多いのだが、やはりここも開け放たれている。
鉄の扉を抜けて屋上へ出れば、目の前に神人がぐにゃんと存在していた。近くで見ればやはりスライムかゼリーみたいで、それほど害があるように見えない。
だが、あれが暴れているのは確かなのだ。
「!」
赤い丸いのが一つ、神人の手に掴まった!俺がはっと息を呑みかけた瞬間に、それは勢いよく投げ飛ばされた。
「こっち、来る!?」
投げ飛ばされた赤いのが、屋上の壁にどんとぶつけられ、見る見るうちに赤い丸いのは人の形をとっていく。見慣れた奴の形に…。
「古泉っ!?」
人の形を取っていても、それは赤いままだった。この灰色の世界で色をなして見えるのが、皮肉にも血の色ってのはどんな原理なんだ?
古泉は血まみれで、今にも死に掛けていた。いつも比喩ではない、古泉が死に掛けている。
この状態でパニックに陥らない人間がいるなら、俺はお目にかかりたいね。俺は頭の中が真っ白になったが、行動だけはやけに機敏に倒れて虫の息になっている古泉を抱きかかえた。
「古泉っ!?おい!古泉!?」
くそっ、やはり古泉は怪我をしていた。しかもかなりの重傷を負っていたんだ。古泉の血がつくのも構わずに、なりふり構わずに古泉を呼べば、気絶していた奴が意識を取り戻した。
「…あ、れ?どうして、あなたがここに?」
「おまっ!何でこんなに怪我してんだよっ!いつもなのか?おい、答えろ!」
「……ええ、そうです。まだまだ僕も未熟者なもので。でも、大丈夫ですよ。この怪我はこの世界だけのものですから」
額から血を流しながら微笑むな。
古泉の言いたいことは大体わかった。ここで死にそうな目にあっても、閉鎖空間が終わればその怪我なかったものになるというのだろう。
「…だけど、おまえ死に掛けてるじゃないか」
こんな風に何度も何度も死の体験を繰り返しているのか。俺は、そんなことは耐えられない。古泉が、毎度そんな思いをしているってのが、耐えられん!
「おまえ、聞いたぞ。以前はそれほどじゃなかったのに、ここ最近、特に怪我が多すぎるって。どういう了見なんだ、おまえは」
「…それは」
「ここ最近ってのは、俺との関係が始まってからなんだろう?」
黙るな。むかむかする。こいつがこんなに血まみれじゃなかったら、一発ぶん殴りたいくらいだ。
「やけになるくらい嫌だったなら、とっととやめればよかったんだよ」
「違いますっ!いっつつ」
急激に動いたせいで傷が痛んだようだったが、それでも痛みをこらえて俺に抱きついてきた。抱きつくというよりは縋りつくに近かったがな。早くこの閉鎖空間が終わらない限り、古泉は自分の身体を支えることもできやしないのだ。
「違うのか?だったら、どうしておまえは現実世界で、いつも死にそうな顔をしているんだ?」
「そんなことは」
「してるんだよっ!無意識ならなお始末が悪い!おまえは俺とセックスしている時、いつも死にそうだっ!俺はいつまで死人とやってりゃいいんだっ」
もうずっと溜め込んでいたことをぶちまけてやる。古泉は俺の言葉に少しだけ途方に暮れたように目を泳がせた。
俺はこんな場面だってのに、この場所で指を震わせ、目を泳がせていたあの日の古泉のことを思い出していた。あれが、本当の古泉なんだ。あの一瞬だけが、古泉一樹だった。
「…僕は、あの日、あなたにセックスだけの関係になろうだなんて提案したことをずっと後悔していたんです」
ああ、そんなことは初めから気が付いていた。
「その後も、僕が家に帰るとあなたが部屋にいるという状態に、僕はこのままではいけないと思っていました。共にご飯を食べたり、二人でテレビを見たり、こんなことを自然にあなたと二人で過ごしていていいのかと、ずっと考えていた…」
「それが、どうして神人退治における怪我に繋がるんだ」
今だって、背後では古泉の仲間たちが戦っている。だが、そろそろ収束を迎えそうな様子だった。
古泉はまた死にそうな笑顔になって(いや、今死にそうな状態だからおかしくはないのか?)、似合わぬ言葉を呟く。
「死のどこが怖い?死が何かも知らずに恐れるのは不合理だ」
「は?」
「僕がこの間の文化祭の際にやった、ギルデンスターンの台詞です。この役を振られた時に、正直笑ってしまいました。まるで僕の未来を予言しているかのようで」
笑う古泉に反して、俺の顔は今壮絶に歪んでいるのを感じている。そんな俺に気が付かず、古泉は自分の世界に入ってしまったようで、とうとうと語った。
「僕は選択を誤った。あなたにひどい提案をし、それがよくないことだとわかりながら、ずるずると続けてしまっている自分の弱い心に正直嫌気がさした。何度、あなたにもうやめましょうと言いたかったわかりません。でも、僕にそれを言う勇気は少しも存在しませんでした。それを言い出したら、あの自然に過ごしていた時間さえ失ってしまうのかと考えると、あなたをこのまま誤魔化してしまえとしか思いつくことができなかった」
ああ、そうか。こいつは馬鹿だったんだな。今、はっきりとわかった。俺が納得しているうちに、古泉はほっとため息をついて、こう締めくくってくれた。
「だから、僕は卑怯な僕を戒めるために、無理な神人退治をしていたんです。僕はこうやって何度も死を体験して、己のしでかした重大な過ちを忘れないようにしていたんです」
「僕は、いつか本当の死が訪れるまで、それを繰り返すつもりです」
言い終えた途端、やけに劇的に閉鎖空間が消滅した。おい、どこかで照明さんでもいるんじゃないのか?というくらいのタイミングの良さでだ。
そして、古泉を見れば確かに怪我の痕跡が一切消えてしまっていた。
「ね、もうどこにも怪我なんてないでしょう?怪我をしたという記憶が残っているせいか、ついつい擦ってしまったりするのですが、実際は痛みもない筈なんですがね。人間の記憶のよさも、少々不便に感じますね」
「もう、どこも平気なんだな?」
「ええ」
「よし」
俺は右手に拳を作り、思い切り古泉を殴った。平手?男同士でそんなことするものか。グーでだ、グーで思い切り奴の小奇麗な顔を殴りつけたのだ。俺に殴られた古泉は、きょとんとしていた。何で殴られたのかこいつは、絶対わからないだろうな。
「いいか、その耳かっぽじってよく聞け。死ぬってのは怖いんだよ!大体俺たちはまだ十五年やそこらしか生きてない。俺の知り合いの爺ちゃんだって八十を超えるが、死ぬのは嫌だからと言って、毎日ウォーキングしてんだ」
興奮して脱線してるな。いかんいかん。初めから脱線している古泉を軌道修正してやらんといけないのだから、俺が脱線してどうする。
「おまえは、死ぬ目に何度合おうが気に留めないだろうが、俺が嫌なんだよ!」
「なにが…?」
俺に殴り飛ばされてコンクリに座り込んでいるこいつを見て、俺は仁王立ちでそれを見下ろした。
「俺は、俺が好きだと思っている奴が、毎度俺の知らないところで死にそうな目にあってるなんて、絶対に許せん!」
言ってしまった。勢いに任せて言ってしまったぞ、俺。
そうだ、俺はいつの間にか古泉が好きになっていた。しかも俺が分析するに、身体の関係から発展したわけじゃなく、古泉が指を震わせて俺に「セフレにならないか」と言い出す前から、好きになっていた可能性がある。
俺はだからあの時、猛烈に腹が立ったのだろう。まったくもって忌々しい。
「え…、あの、今、なんと?」
俺にもう一度、あの恥ずかしい台詞を言わせようとするこいつをぎろりと睨み付けた。
「俺に言わせる前に、おまえは?」
「…僕は僕の都合のよい夢を見ているわけじゃないんですか?」
古泉の顔が、段々生きている人間のものになっていく。目の前にいる古泉は、死人じゃない。
「あの時、あの昼休みに言った台詞を、正しいものに置き換えろよ、古泉。俺はおまえが嘘の提案をしたから、嘘の答えで答えてやったんだ。二ヶ月前に軌道修正してやる。いいか、人生ってのは何度だってやり直しがきくもんなんだ」
俺は古泉の声が聞こえやすいように見下ろすのをやめて、奴を同じ目線になるために身を屈めた。
古泉の震えた指先が、俺の頬に触れる。
それから、張り付いた笑顔なんかじゃなく、ひどく必死な顔つきとそれから俺の好きなあの声で、ようやっと間違えていた台詞を言いなおした。
「あなたが、好きです」
「よし」
古泉の頭をぽんと撫でて、俺にしては珍しいくらいの満面の笑みで返してやった。満足だ。これぞ正しい高校一年生の告白だ。
「それじゃ、正しいお付き合いを始めるとするか」
俺は古泉に手を差し出した。
「なにをするんですか?」
「とりあえず、お付き合いの第一歩は手を繋ぐことだろ?付き合い始めの恋人同士ってのは、こういうところから始めるもんだ。俺の持論ではな」
「恋人…」
古泉がやけに嬉しそうに笑う。ったく、早く言えば、こんなに遠回りしないで済んだんだ。そうすりゃ、この二ヶ月の間はもっと色々楽しかっただろうに。
でもまあ、これからやればいいだろう。
「あ、そうだ。おまえの家の鍵返すな」
「え!?何でですか。恋人でしょ?僕たち」
「付き合い始めでいきなり相手の家の鍵を持っているのはどうかと思うぞ。あと、しばらくキスも当然セックスもなし。しかるべき時期に、しかるべきプロセスで行うこと」
古泉の眉が情けないくらいに下がった。
でもな、夢見る男子高校生としては、一足飛びに置いてきてしまったドキドキの期間ってのを経験したいものなんだよ。
とりあえず、最初は。
「学校に待ち合わせて行くか?」
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