なんの因果か俺の後ろの席になった、頭のネジが外れている以前に、俺たち凡人よりも五百本はネジが多いんじゃないかという頭脳アーンド思想の持ち主の女、涼宮ハルヒが入学して間も無くけったいなものを作ってくれた。
 文芸部員が一人しかおらず、そのたった一人が拒否しなかったという理由で部室を占拠し、どこからか可愛い萌キャラという理由だけで上級生を拉致、監禁、強要した上で仲間に引き入れ、ついでにたった一人の文芸部員と俺も当然のように、宇宙人と未来人と超能力者を探し出して、一緒に遊ぶという理由で、世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの「団」。SOS団というわけだ。
 これをけったいと言わずして、何をけったいと言うのだ。
 …頭が痛い。
「うん、うん! 場所も確保、萌キャラも補充! 眼鏡っ娘もいるし、なかなかいいんじゃない?」
 俺を含めた三人の犠牲者を眺めながら一人悦に入っているこいつに、もう俺は何かを発言する気力はなかった。俺が一言も文句を言わなければ、他の二人はハルヒに一言の文句も言わないのだから、あとはこいつの独壇場だ。
 朝比奈さん、長門。何故にあなた方はこいつの言いなりなんですか? と膝を詰めて聞きたい気持ち満載なのだが、谷口あたりから見れば俺もその一人らしい。
「俺だったら、ふざけんなって一喝してやるな」
 これは谷口の言葉だが、まあ、あいつにそれをハルヒに言えるとは到底思えんがな。言った途端に、ハルヒの回し蹴りが綺麗に決まることだろうよ。ローキックで谷口の体勢を崩して、ストンピングで止めを刺す。目の前にその光景が浮かんでくるぜ。
 ハルヒの容赦のなさは、隣のコンピ研パソコン強奪事件で証明済みだ。とはいえ、こいつのやらかすことは傍迷惑だが面白くて魅力的で、今度は何をする気だと、俺はいつしか目が離せなくなってしまったわけだ。
 ハルヒいわく形は整ったSOS団ではあったが、ある日唐突に何かが足りないと団長様が言い出した。
「駄目だわ!」
「何が?」
 ハルヒの金切り声に、お茶を煎れていた朝比奈さんが「ひゃっ」と小さな叫び声を上げた。本日は八女茶とやらを手に入れたとかで、浮き浮きした様子だったのに、今の驚きで少し茶葉が零れてしまったようだ。足元に落ちた茶葉を見る目がうるうるとしている姿は、愛らしくてたまらん。
 さて、そんな眼福な朝比奈さんばかりを見ていたい俺を無視して、ハルヒがまたもやオーバーアクションで椅子の上に立ち上がった。危ないと思っている側から、足を背もたれにかけてそのまま椅子を倒して床へと見事着地してくれた。ったく、どこのアクション俳優だよ、おまえは。
「このSOS団に足りないものを言いなさい! キョン!」
 足りないものだと? 言っていいなら、言ってやるさ。俺にはこの答えしか持っておらんからな。
「…常識だ」
「却下よ」
 ふ、そう返されるとは思っていたぜ。
「いいこと、うちに足りないのは、参謀よ」
 参謀ときたか。そのやたらと回転の速い団長様がいるんだから、そんなものは必要なかろうと思っていたのだが、どうやらハルヒにとってはトップの自分以外に知識豊富で、気のつく人材がこの場に絶対不可欠だと言うのだ。
「あ〜、もう。謎の転校生でもこないかしら。男子がいいわね。キョンだけじゃ、全然頼りにならないし」
 うるせえ、好き勝手言いやがって。そう不貞腐れてはみたものの、実際俺もこの奇妙な集まりに俺以外の男が一人くらいはいてもいいなとは思っていた。色々と癖のあるメンバーではあるが、傍目には美人揃いのこのSOS団に男の俺が一人というハーレム状態(笑うな、妄想するだけなんだから少しは大目にみろ)も悪くはないのだが、やはり男同士で語れる人間も欲しい。
 そんな思いから、俺はつい今回ばかりはハルヒに同意してしまったのだ。
「じゃあ、いい奴がいたら、また見繕ってきてくれよ」
 俺たちを拉致してきたみたいに、ハルヒのことだから謎の転校生の一人や二人は見つけ出すだろうと、俺は本当に考えなしで言ってしまったのだが、まあ、世の中そんなに甘いわけはない。
 ハルヒが謎の転校生発言をしてから、一ヶ月近くは経とうとしていたが、こんな季節はずれに転校生なぞ来るわけもなく、俺たちは最初に結成されたメンバーだけで一ヶ月ばかりSOS団をやっていくことになったのだ。
 しかし、有言実行を人生の指針にしているハルヒだ。
 このまま参謀を諦めるはずもなかった。