「明日は市内探索の日です! みんな、遅刻しないこと。いい? 遅刻したら罰金よ」
 一方的に休日の予定を入れられてしまい文句の一つも言いたいところだったのだが、所詮はあまり用事のない高校一年生だ。塾に行っているわけでも、家の手伝いをしなければならない家庭環境でもない俺は、ハルヒの提案に少しばかり抵抗を感じたが、それはいわゆる一方的に決められたことによる抵抗なだけで、じゃあおまえは用があるのかと問われれば口ごもることしかできない俺は、ハルヒの命令どおりに所定の場所に決められた時間に行くしかなかった。
 まあいいさ。どうせ家にいたってごろごろしているだけだ。勧めなければいけないゲームも別にない。
 俺は駅前に自転車を置いて、五分前に集合場所に着いた。
 五分前。
 素晴らしい時間帯ではないか。早すぎず、遅すぎず。これ以上ない時間に着いたというのに、既に集まっていたハルヒからは「罰金!」といきなり言い渡されてしまった。
「なんだとう! おまえ、俺は遅刻してないぞ!」
「あたしよりも遅く来ている時点で、大いなる怠慢よ! 有希もみくるちゃんももうとっくに来ているのよ。女性陣を待たせるなんて、唯一の男性SOS団員として恥ずかしくないわけ? だから、罰金! あんたはレディーに対する態度を改めさせなければならないわ」
 あ〜ったく。日ごろ女子扱いしてやれば「バカにしてんの!」と食ってかかってくるくせに、こういうときばかりはレディーですか。どこにレディーがいるんだか、俺はその辺の茂みにでも探しに行きたい気分だね。バニーガールを恥じらいもなくする奴を、レディー扱いしてやるつもりは俺にはない。
 しかしハルヒの奢り宣言を覆すことはできそうにないので、俺はぶつぶつと文句を言いながら財布の中を覗き込んだ。
 うん、まあ、なんとかなるか。
「ふふ」
 ふいに背後で笑われて、俺はぎろりと後ろを振り向いた。
 が、目線の先には誰もいない。
 おかしいな、すぐ近くで笑われたと思ったのにと、頭をひねりながら目線を下に下げたら、いつの間にか身長140センチくらいの小学生が俺の目の前、いや目の下に立っていたのだ。
 口元を見れば、笑みを浮かべている。こいつが今笑ったのは確かだろう。
 さて、笑ったのは確かなようだが、見知らぬこの小学生に俺が笑われたのかどうなのか判断がつきかねる。何か別のことに対して笑ったのかもしれないし、高校生が小学生に「おまえ、何笑ってんだよ」とガンを飛ばすのも情けない話だし、俺はそこまですれてはいないのだ。
 とりあえずよくわからんので、俺は視線をこの小学生から外してハルヒのほうに向きなおすことにした。
 すると、ハルヒは俺を通り越して、背後に向かって極上の笑みを浮かべたのだ。
「あ、来たわね! こっちいらっしゃい!」
「?」
 おいでおいでするハルヒに、思わずきょとんとしていると、俺の後ろから小さな影が躍り出て、ハルヒの脇にたたと駆け寄った。
 こいつ、ハルヒの知り合いなのか? それとも弟?
 ハルヒの元に近寄る小学生を眺めながら、様々な可能性を頭に浮かべていると、ハルヒが小学生の小さな肩をぎゅっと掴んで、俺達にまるで宝物でも見せびらかすみたいににやりと笑って言い放った。
「この子、古泉一樹くん! SOS団の五人目の仲間です!」
 ……おい、神様よ。このハルヒの行動は未来ある青少年の目を摘むことにならんか? なるだろう? ああ、なるなる。だから、ちょっとはこいつを止めてくれよ。
 俺が盛大な脱力感に身を包まれていると、ハルヒに紹介された少年は、意味がわかっているのかないのか、にっこりと笑って礼儀正しく俺達にお辞儀をしてくれた。
「古泉一樹です。涼宮さんに請われまして、皆さんと行動を共にすることになりました。何もわからぬばかりですが、何卒ご指導のほどよろしくお願いいたします」
 さすがハルヒが連れてきた小学生。
 何のカンペも見ずにすらすらとそう言ってくれた。何卒って何よ? 俺でも使わんぞ、そんな言葉。
「さ、みんな! バカキョンの奢りでコーヒーでも飲みましょう。古泉くんも、パフェでもなんでも頼んでいいわよ〜」
 勝手に全員を扇動してハルヒは喫茶店に入ってしまったので、俺たちはその後を大人しくついていくしかないのだった。
 ちなみに謎の小学生(ハルヒからまだなんの紹介もされていないので、謎でいいだろう)、古泉一樹くんは小学生にしては年長者を敬う気持ちがきちんとしているものか、一気に脱力して項垂れている俺の一歩後からついてきていた。
 うっ、情けない。小学生に哀れに思われるのは嫌だぜ、俺は。
「えっと、古泉一樹くん?」
「古泉でいいですよ」
 丁寧で大人びた言い回しではあるが、まだ声変わりもしてない高い声質は可愛らしいもので、俺は長男体質がむくむくと心の内で沸きあがってくるのを抑えられない。
「まあ、心配すんな。おまえの分くらい奢る余裕はあるからよ」
「すみません。でも、僕もお金はあるので、大丈夫ですよ」
 ポケットに手を差し入れようとする古泉の頭をぐしゃりと撫でた。
「いいから。大人しく奢られてなさい」
「…はい」
 俺に乱された髪をちょいちょいと手直ししながら、こくりと素直に頷くこいつを見て、子供はやっぱり素直でいいな〜と思っていると、じっと下から大きな瞳で見上げられた。
 幼さはあるが、綺麗な顔立ちをしている子供だ。朝比奈さんや長門を見つけてきたハルヒの審美眼はなかなかのもので、この古泉一樹くんもハルヒのお眼鏡に適ったものなのだろう。こいつも、あともうちょっとしたら男らしくなって、もてもてだろうななんて思いながら、いつも妹に語りかけるみたいに「ん?」と笑顔で無言の問いかけに答えてみた。
 すると、古泉はにっこりと笑みを深めて俺を見て、こう言ったのだ。
「頭、撫でるのやめていただけますか?」
「へ?」
「子供扱いされるのは、好きじゃないんです」
 笑みが深くなって、その次に一瞬だけ冷めた目で俺を見ると、くるりとその小さな身体を翻して、古泉はハルヒの後を追って店の中に入っていってしまった。

 前言撤回。
 糞生意気なガキのようだ。