態度ががらりと変わった古泉に不愉快以前に、きょとんとしてしまった。う〜ん? 初めて会ったガキに敵対的な視線を送られるようなことを俺は何かしたか?
 単純に奴が言うように、頭をぐしゃりと撫でたのがそんなに気に食わなかったのかね?
 いや、だが、どうもその程度のことではない気がする。
 俺は意味のわからぬもやもやとした違和感を感じながらも、遅れて喫茶店の扉をくぐった。

「古泉くんはね、うちの近所の子なのよ。この子のお父さんに頼まれて家庭教師みたいなことをやっているんだけれど、全然教えることなんてないくらい頭いいんだから」
 これが、ハルヒによる古泉一樹の説明である。
 素性はわかった。しかし、何故にこの近所のお坊ちゃんが、まがりなりにも高校生の同好会の仲間になったのかは、まったくもってわからない。
 わからなければ聞かねばならない。俺以外、朝比奈さんも長門もハルヒに問いかける人間がいないのだから、俺が聞かずして誰が聞く?
「あ〜、ハルヒよ。俺は先ほど、この古泉くんが、俺らのSOS団の五人目の仲間になったとかなんとか聞いたように思えるのだが」
「ええ、そうよ」
「おい、俺の目の錯覚だろうか? 古泉くんは北高の生徒には見えない上に、高校生ですらないように見えるんだがな」
「あったりまえじゃない! 古泉くんは小学校四年生よ」
 わ〜お、俺の妹より一学年下かよ。やばいね。
 いや、何がやばいってハルヒの頭の中のことは勿論、俺の妹の幼さがやばいと思ったね。兄妹の欲目から見ても、妹はもう少し年相応にならんとそろそろ苦労するぞ。子供のあどけなさが通用するのは限界小学校五年生までだ。六年生になったら中学受験やらなんやらで、のほほんとしていられない同級生も沢山出てくるだろう。うちはお受験な家庭ではないので、中学受験なんて代物は受けさせる予定はないのだが、やはりそろそろ大人になるべきだなと改めて兄としてしみじみ思った。
「涼宮さんには色々教えてもらって助かっています」
 にっこりと微笑みながら、カフェオレを飲んでいるこいつに俺は呆れながら口を挟んだ。
「…なあ、いつも涼宮さんって呼んでんのか?」
「ええ、何かおかしいでしょうか?」
 おかしいな。おかしいだろうが。小学四年生。
「ハルヒお姉ちゃんとか、家庭教師してんだったらハルヒせんせ〜とか、そっちのほうがしっくりくんじゃねえか。おまえの年齢で、涼宮「さん」って何か年寄りくさくねえか?」
 余所余所しいというか、なんというか。ハルヒは気にしていないのだろうが、この物言いはまるで壁を一枚張られているように感じるのは俺の気のせいだろうか。
 しかし俺の疑問に、こいつはひるむことなくすらすらと、まるで用意してあったがごとく答えてくれた。
「僕の祖父が礼儀に厳しい方だったので、それに習うように涼宮さんには接していたのですが、それほど不自然だったでしょうか?」
「べっつに変じゃないわよ。私は気にしないし、古泉くんのその礼儀正しいところは慣れちゃったもの。むしろ、今更そのへんのアホなガキどもみたいに騒々しい子になられても困っちゃうからね!」
 ハルヒはそう言うと、隣に座っていたこいつをぎゅっと抱き締めた。それで、古泉は慌てるでも、照れるでもなく「あはは」と小学生にはない爽やかな笑顔でハルヒのスキンシップを受け入れいていた。
 そして俺にではなく、他の女性陣に「おかしいですか?」と聞きやがった。
「え? おかしくなんかないですよ」
 優しい朝比奈さんは聖母の微笑でそう返し、長門も。
「それはあなたの個性なら、否定するものではない」
 と、やはりこいつの肩を持った。
 うっ、べ、別に俺はこいつをいじめるつもりで「不自然」だと言ったわけじゃない。ただ、もうちょっと子供は子供らしくしたほうがいいと思っただけなんだ。俺は子供が大人びた口調をしているのを見るのが苦手だ。生意気だとか思うわけじゃなく、なんだか子供が子供らしく過ごしていない姿を悲しいと感じてしまうからなのだ。
 だけれどそれを口にするのも恥ずかしく、俺はハルヒに「キョンは気にしすぎなのよ! 古泉くんもバカキョンの言うことなんてほっときなさい」とばっさり切られて、俺のこいつに対する違和感はそのまま置き去りにされてしまったのだった。
 だが、この質問にだけは答えてくれと、俺はハルヒに再度尋ねた。
「なあ、なんで小学生を引き入れたんだ?」
「あたしさあ、前からSOS団に足りないものがあるって言ってたでしょ?」
 言ってたか? 覚えておらん。なんたってこいつのマシンガントークを完全に覚えていたら、俺の脳みそはすぐに一杯になってしまうのだから。キャパシティってもんを考えてくれ。
「足りないのは参謀だって言ったでしょ! で、古泉くんはそれに相応しい頭脳の持ち主なのよ。家庭教師をしている私が保証するわ!」
 ああ、ハルヒよ。ここは喫茶店で公共の場所だということを思い出してくれ。部室じゃないんだから、そんな高らかに声を張り上げて、仁王立ちになるなよ。
 しかし、きらきらと興奮しているハルヒを止めることもできず、俺は嬉しそうにししながら椅子から立ち上がったこいつを呆然と下から見つめることしかできない。朝比奈さんだって、大きな目をもっと大きくしながら、ハルヒを見つめている。長門は、微動だにせずにハルヒをじっと見つめているってのは、まあいつものことだな。

「古泉くんは、我がSOS団の参謀! 小学生にして天才的頭脳を持つ、博士くんとして校外団員の名を拝命します!」

 三点リーダーを、五十個ほどつけたい気分になったね。博士くんって、おい。
 おまえはこんな頓狂な役割を請け負ってもいいのかと、無言で古泉のほうを見れば、わかっているのかわかっていないのか、こいつはただ底の知れない笑顔でにっこりと微笑み返してくるだけだった。