あ〜、あったまいったいな〜。
 俺は長門と朝比奈さんの話を聞いた夜、色々考えてしまって眠れなかったんだ。その寝不足ゆえの頭痛ってわけだ。
 珍しいんだぜ。俺が考え事で眠れないだなんて。今の北高もやばいんじゃないかと担任に呼び出された受験生のときだって、俺は高いびきで熟睡したもんさ。
 だけれどさすがに昨夜は眠れなかった。
 だって、眠れるか?
 目の前に、宇宙人と未来人がいるんだぞ!嘘か真かはわからないがな。なにしろ本人たちの自己申告だけだ。ハルヒのノリに合わせて俺を担ごうとしているんじゃないかと思いもするが、あの朝比奈さんと長門の性格からしてそれは有り得ない気もする。
 だけれどじゃあ、宇宙人と未来人の存在を信じろっていうのも、そりゃムリって話なわけで。
 眠れなくなりもしますよ。まいる…。
 この不条理な状況を的確に判断して、説明をしてくれる奴でも現れてくれないものかと、誰かに丸投げしたくなるってものだろう。だが、誰に丸投げ、もとい、相談すればいいものか…。
 考えて、ふと思いついてしまった、博士くんの存在。
 いや、それはないだろう。いくら頭がいいからって、こんなわけのわからない話を年上の俺が神妙な顔で小学四年生に相談したら、マジでやばい奴だっての。
 だけれど、一応あいつだってSOS団の仲間なわけだし、ひょっとしたら長門や朝比奈さんも古泉に俺と同じような話をしているかもしれない。ならば、その混乱を俺が聞きだしてやるのもいいかもしれん。
 ハルヒの不可思議な言動に付き合えるくらいの剛毅な性格の持ち主ならば、そんな突拍子もない話も平気で聞き流せるかもしれんが、もしも俺と同じように思い悩んでいたら可哀想だ。
 糞生意気なガキとはいえ、青少年の教育に支障が出ているならば取り除いてやるのが年上の義務ってもんだろうが。
 な〜んて、俺は自身の混乱を古泉に置き換えることで、少し客観的になろうとしている自分自身を見てみぬふりをすることにした。

 さて、ではいつ古泉にこの話をしてやろうかと考えるも、校外活動はいつだってハルヒの一任で決められるので、機会はハルヒの発言待ちという有様だった。
 失敗したな。古泉もいまどきの小学生らしく携帯を持っていやがったから、個人的にメールアドレスでも聞いておけばよかった。
 相手は小学四年生だ。年齢的にその差五歳だが、一応SOS団の中では俺以外唯一の男団員なのだから、メルアドの一つも聞いて親睦を深めてもよかったのだ。
 ええい、どうしてくれよう。
 ハルヒよ、校外活動しようぜ! なんて一昔前の「バンドやろうぜ」みたいな軽いノリもできない俺は、木曜あたりまでもやもやとしたままハルヒの動向を伺っていた。その間、朝比奈さんは俺に言ったことを、俺以上に気にしてもじもじと挙動不審にしていた。長門は変わらず、相変わらず読書にふけっている。そんな二人の美少女を見るにつけ、やっぱり担がれたんじゃなかろうかと思い始めていたときに、ハルヒが恒例の週末探索を宣言してくれた。
 いつもだったら文句のひとくさり言うところなのだが、今回ばかりは余計なことは腹の中に収める。
 これで古泉に会える。
 ………。
 うお!? なんじゃその乙女じみた思考は! 考えすぎて、自分がおかしな方向に向かっていることに今気が付いたぜ。
 これほどまでにあの小学生に会いたかったらしい俺に今更に気が付いて、俺は自分自身に驚愕した。はっずかしいなあ、まったく。
 だが、この一週間ばかり悩んでいた事案が、少しでも他人に話せる機会を得られるのだ。俺はやはり一週間ぶりに会える古泉のことを考えると、週末が待ち遠しくて仕方がなかった。
 ああ、しかし、なんと言って奴に言い出してみようか?
 宇宙人と未来人って本当にいる思うか?
 う〜ん、歪曲するぎるか…。
 あの朝比奈お姉ちゃんと長門お姉ちゃんが、この世界の人間じゃなくてもおまえは大丈夫だよな?
 これもどうだろう…。
 長門は宇宙人で、朝比奈さんは未来人だって、おまえは当然知ってるよな!
 知らなかったときのショックが大きそうだ…。

 会えたら会えたらで、どう言い出していいのかわからぬままに俺は週末を迎えてしまったわけだ。

「はい、私と有希とみくるちゃんメンバーと、キョンと古泉くんのメンバーね。今日の死骸探索はこれで決定します」
 素晴らしいタイミングで、俺と古泉のコンビが決まった。これも神の配剤か。
 実はこの市内探索で、俺は古泉と一度も一緒になったことがなかった。それがこの日初めてそうなってしまったのだ。
 これは古泉に、宇宙人と未来人の話をしてみろよ! と、何か人外の力が俺の背中を押したに違いない。
 俺は覚悟を決めて、古泉に聞いてみることにした。
 年上らしく古泉にジュースの一つも奢ってやりながら、ヤル気のない市内探索を早々に放棄して公園のベンチで二人で腰掛ける。古泉自身も特にそれに対して反対はしなかった。どうやら、こいつもハルヒの話に乗ってやりながら、不思議探索にそれほど意欲的ではないのだろう。
 なんだか、ちょっとだけハルヒが可哀想にもなってくるが、まあハルヒいわく頭のいい子供「博士くん」だ。無駄な行動は嫌うだろうよ。
 古泉は俺から受け取ったコーラを「ご馳走様です」と丁寧に礼を一つ言うと、両手で抱えながらこくりこくりと飲んだ。こういう姿はやっぱり子供らしいね。高校一年生でしかない俺ではあるが、さすがに両手で抱えてジュースを飲むなんて姿は気色悪いだろう。
 コーラの炭酸で、けふっと一つげっぷをしてから、俺に向かって今しがた賞賛した子供らしいというのは対極の冷めた目つきで俺をじっと見た。
「で?」
「あ?」
 ああ、初めて見たときの古泉だな。なんて思いながら、こいつの「で?」ににやりと笑う。
 笑った俺に不快になったのか、きゅっと古泉の眉が寄ったのを見て、やっぱりこいつは子供なんだなと安心した。
「なんなんですか? 僕に何か言いたいことがあるんでしょう?」
 その言葉に、俺は用意していた言葉を全て忘れてしまった。長門が宇宙人とか朝比奈さんが未来人だとか。
 苛立った様子の目の前の子供を見て、俺は違う言葉を口にしていたのだ。

「……おまえも、俺に何か言うことがあるんじゃないのか?」

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