ぶっ生き返す!!


 長門の意味深な瞳にも動揺していると、ハルヒがつまらなさそうに叫んだ。
「あ〜、もう!面白いことないわね〜!キョン、あんた何か提案することないの?SOS団団員、使い走りとして!」
「そうか、そうか。俺は使い走りの地位をもらっていたのか。それは知らなかったぞ、ハルヒ。そんな使い走りの俺が今おまえに提案できることと言ったら、俺たちが目下繰り広げている神経衰弱におまえも混ざるか?と誘うことか、そろそろ時間だし解散しないか?ということぐらいだな」
 時計を見れば、そろそろ帰っても差障りのない時間だ。遠く聞こえてきていた吹奏楽部の音も静かになっていたし、さきほどコンピ研の連中も帰っていく足音が聞こえてきていた。何故に何をするでもない我がSOS団が一番最後まで部活動に勤しんでいるのか、これは北高の七不思議に数え上げてもいいのではないかと俺は常日頃思っている。
 ハルヒも壁にかかる時計を見て「そうね」とひと言言うとカタンと勢いよく立ち上がった。
「今日は解散!あ、そうだ。明日は土曜だけれどいつもの市内探索はなしね!あたし、親父の付き合いでちょっと出かけないとならないのよ!」
 SOS団の活動内容はこうやって団長の一存一つで決められるのだが、ここにそれを非難する人間は誰もいない。唯一するとすれば、俺だけなのだが、今日は別に言うつもりはない。
 俺は早くこいつらと別れて、昼休みからの古泉のあほなやり取りに決着をつけねばならんのだ。
「じゃ、じゃあ…、私は着替えますから皆さん、お先にどうぞ」
 メイド服姿の朝比奈さんが遠慮がちに俺たちを促してきた。しかし、時間も遅いことだったし、彼女を一人で帰すのは防犯上あまりよろしくない。俺たちは全員一緒に途中まで帰ることがなんとなく決まっていたので、俺と古泉は廊下に出て朝比奈さんの準備が終わるのを待つことにした。
 古泉と無言で連れ立って、部室の外に出る。廊下は少し薄暗くなっていた。日が落ちるのが早くなった気がする。
「……、今日は、おまえの家に寄っていいんだろう?」
 昼間のダメ押しのイジメ。
 ところが今度はこいつはひるまなかった。にっこり笑って、言い放つ。
「それでは、おうちの方には今夜は外泊するとお伝えください」
「…っ」
 外泊という言葉に、俺はうっかり生々しさを感じてしまって、そのまま絶句してしまった。
「散らかってますので、先に言っておきますね」
 これが、俺が単純に古泉の家に遊びに行って、こいつが新作ゲームを買ったからやりにいくとかいう理由だったならば、俺は何の気にも留めずにこいつの笑顔をぼんやりと見ていただろう。
 だが、俺がこいつの家に行く理由は…、こいつが有言実行するのならば、あんなこんなの十八禁の行為だ。なのにこいつの態度は、そんなことを微塵も感じさせない。
「おい、古泉…」
 俺はさすがにこれ以上は勘弁だと思い、冗談だよな?と、このやり取りに負けを認めようと口を開きかけた途端、部室の扉が静かに開かれた。
 長門が、文字通りお人形さんのような顔と姿で俺たちの間に立つ。
「…終わった」
「そうですか、では、帰りましょう」
 古泉は俺の言葉の続きを聞かず、長門とその後に出てきたハルヒと朝比奈さんを促して、下駄箱へと向かってしまった。
 俺は情けなくもそれ以上何も言い出すことが出来ず、こいつらの後を足取りも重くついていくことしかできなかった。

「そんじゃね、皆!明日は活動がないからって、不摂生して風邪でも引いたら、死刑だからねっ!」
 風邪を引いた上に死刑にまでなるのはごめんだな。
 いつもの解散場所で女子組を見送った。これはいつもの俺たちの行動だ。皆を見送ってから、「それでは」と言って古泉も反対方向に歩いていくのだが、今日は少しばかり様子が違う。
 笑顔で三人を見送った途端、くるりと古泉が俺のほうに向き直る。その表情は笑顔と称するものだったが、先ほど瞬間垣間見せた目の色を浮かべていた。
 死人のような目の色だ。
「さて、僕のアパートはこっちなんです。初めてですよね?あなたをお連れするのは。あなたが来るとわかっていたなら、もう少し体裁よくしていたところなんですが、時間もありませんのでご了承ください」
「…あ、ああ」
 この時点で俺は、まだ家に外泊するとは連絡を入れていなかった。
 ああ、そうだよ。俺はまだこれを冗談ごとにするつもり満々だったんだ!
 古泉とて嫌がっていたわけだし、きっとぎりぎりになったら困ったように苦笑して、「あなたの我慢強さには完敗です」とか言って話を締めるにきまっているのだ。

 そう、…俺は思っていた。