ぶっ生き返す!!


 古泉に連れてこられたアパートは、どこにでもあるような平凡なアパートだった。二階建ての建築年数はそれなりだが、みすぼらしくは無い外観。長門のように高校生が一人で住んでいても、ぎりぎり疑われることのないような住まいだ。
 まあ、世間一般的に高校一年生の一人暮らしが普通であるかはどうかは、疑わしいところではあったが。
「どうぞ」
 一階の一番奥の部屋に案内されて、俺は古泉のプライベート空間に初めて足を踏み入れたわけだ。
「…確かに綺麗ではないな」
 靴は使っているものが全て外に出ているようだ。こいつには下駄箱のなんたるかを教えたほうがいい。
「ええ、すみません。でも、あなたはこれを見ても僕に失望はしないでしょう?」
 綺麗じゃない部屋。整っていない、少し乱れている古泉の内部。ハルヒならば許しがたい美少年像かもしれん。だが、俺はこいつの言う通り、綺麗に整っていないからといって、失望なんかせん。そもそも、俺は古泉に過大な理想なぞを持っていないからな。
 玄関から通された部屋は、キッチンと六畳一間の造りだった。小さなテーブルの脇に適当に積み上げられている教科書類。その後ろにはすぐにベッドがあって、俺は目をそらしてそれを見ないように努める。努めはしたが、しょせんは六畳一間。どこを向いてもベッドは目に留まるので、俺は苦肉の策として、ベッドを背にして座ることにした。
「何か飲みますか?ペットボトルのお茶ならあるんですが。申し訳ありませんが朝比奈さんがお入れするようなお茶は出せないんですよ。急須なんて気の利いたものは置いてないものですから」
「いや、別にいい。持ってるから…」
 俺は自分のカバンから飲みかけのペットボトルを取り出して、勝手にごくりと飲んだ。
「勉強机はないんだな」
 ここにそんなものがあったら益々狭くなるだろうが、俺はこいつが特進クラスに入っていることを思うと、そういう類のものがないのが不思議に思えてならなかった。
「僕は別に、場所を選んで勉強するタイプではないので。それに現役東大生の五割以上がリビングで勉強をしていたという統計もあることですし、勉強というプロセスが静かな環境でないと実を結ばないものではないということですよ」
「…特進のおまえが言うと、なんだか説得力があって猛烈に嫌だな」
 俺は形から入っていくタイプだから、こいつの言うことは少々理解しがたいものがあった。大体、リビングでは妹に邪魔をされるのがオチで、勉強はともかくマンガを読むのも一苦労なのだから。
 こんなひと言で、こいつは一人っ子か、歳の離れた兄か姉がいる環境で育ったのではないかと俺は勝手に思い、それはハルヒとは違った目で俺が思い描いている古泉像なんだろうなと、一人で納得してみる。
「さて、どうしましょうか?」
「どうとは?」
「ですから、どのようにいたしましょうか?あなたが上?下?」
 上か下かと問われて、本気で俺はわからなかった。きょとんとした俺の顔を見ると、古泉はおもむろに立ち上がるとテーブルを乗り越えて、近寄ってきた。
 そして、あれよあれよと言う間に俺の肩を掴んで、顔を近づけてきたのだ。
 こいつの息が当たるくらいに近く。いわゆる……き、き、キスせんばかりの近さで!
「顔が近い」
「こうしないと、キスの一つもできないでしょ?ねえ、あなたは経験はありますか?」
 耳元で囁くように呟かれて、俺は背中に鳥肌をたてる。こいつの声は犯罪だ!俺はいつかこいつの声を猥褻物の一種として、警察に突き出してもいいと思っているくらいだ。
 ちなみに、俺の過去には欠片の経験もなかったので、ぶんぶんと顔を横に振った。中学の同級生には何人か経験している奴もいたが、俺の友人関係的にはほとんど経験した奴はいなかったので、俺だけが特別おかしいわけでも遅れているわけでもない。
「おっ、おまえはどうなんだよっ!」
「…そうですね。少しだけなら」
 古泉の答えを聞いて、俺は少しだけ落胆した。
 勘違いするなよ、そこのおまえら。俺は古泉が初めてではなかったから落胆したわけではなく、同じ男として先に進んでいるこいつが悔しかっただけにすぎない。
 いやいやいやいや!ちょっと待て!俺!古泉が初めてだとしても、その初めてを俺がいただくと決まったわけではないだろうが!
 と、俺は、古泉に「キス」とか「上」「下」という単語を使っているにも関わらず、相変わらずことが冗談ごとで終わる可能性を捨てられずにいたのだった。だが、その可能性が、次の瞬間に霧散した。
「…んっ!?」
 ぬめる感触が俺の唇に押し付けられた。少し半開きになっていた唇に、更に柔らかいものがするりと入り込む。それは傍若無人に動き回り、俺の歯茎を舐めたり、舌を絡め取ったりしていた。
 俺はそれが始まった瞬間に反射的に目を瞑っていたのだが、古泉の「はあ」というため息のような吐息のような呼吸音に釣られて、目の前にあるであろう男を見るためにそろそろと堅く閉ざしていた瞼を上げた。
 それが失敗だったんだろうよ。
 実は隠していたことだが、俺はハルヒと美的感覚が似ていると自負している。
 事の発端にあったグラビアアイドルのチョイスは反対路線になってしまったが、美術の時間で見せられる絵画の好みや、いいなと思う風景は被ることが多い。わかりやすく言えば、俺とハルヒの朝比奈さんへのビジュアル的趣味はまったく同じだと言っても過言ではない。さすがにバニーは男として目に困るものはあるが、ハルヒが選ぶ朝比奈さんへの水着や浴衣なぞは、俺の好みどんぴしゃだ。
 ある意味、恐ろしい…。
 そんな俺たちが。ハルヒは古泉を謎の転校生として位置づけした。そして、俺に何の期待もかけない分、自分好みのビジュアルとして側に置いているのだ。
 古泉一樹は涼宮ハルヒの理想の容貌だというわけだ。それならば、ハルヒは古泉に懸想してもよいものなのだが、ハルヒにそのつもりはまったくないらしい。いわゆるテレビで見るタレントの好み並みの存在なのだろう。
 そこで俺だ。
 先ほども言ったが、俺はハルヒと美的感覚が似ている。口が裂けても絶対に言うつもりはないが、俺は古泉の顔は嫌いじゃない。あんな風になりたいとか男として思うには少しばかり小奇麗すぎるが、側にあって不快に思うものではない。男であろうが女であろうが、綺麗なものが近くにあって気分が悪くなる筈がないのだ。
 俺は古泉が謎の転校生プラス、美少女設定で登場していたらマジで一目ぼれしていた可能性がある。程度には古泉の顔は嫌いではない。
 そんな古泉が少しだけ上気した肌色で、目を瞑った状態で俺の目の前にいるのだ。俺は目の前に突きつけられたその小奇麗さに、少しおかしくなってしまったに違いない。
 思わず古泉の肩に両腕を回し、引き寄せ、自らも古泉に合わせるように舌を差し出してしまったのだ。
「…んっ、はっ、古泉…」
「っ!?…あ」
 俺が受動的ではなくなったのに驚いたのか、古泉は少し離れそうになった。だが、それを俺が少し力を入れることで留めると、古泉の舌は動きを再開し、そして俺を抱き締めてくる力も強くなった。
 ああ、俺は初めてだというのに(例のハルヒのあれはカウントはしない。カウントすることはハルヒにも失礼に感じたからだ)、いわゆる、なんだ、世間一般に言われるところの、ディープキスというものをしでかしているわけだ。
 しかも、古泉と。
 男としているという嫌悪感はあまり感じなかったのは、こいつのこの小奇麗な顔のせいだろう。得だな、古泉よ。いや、それなりに不憫でもあるか?俺が猛烈に嫌がれば、こんなことをしないでも済むのにな。
 俺の好奇心と、おまえの顔の好さが招いた不幸な結果だ。
 セフレになろうだなんて言ったおまえも悪い。冗談はやめようぜと止めなかった俺も悪い。お互い共犯者のままに、行為はそのまま続けられることになった。
 ちなみにどちらが上か下かは、経験がある古泉に分がありすぎた。俺は次に何をすればいいのかわからずにまごついているうちに、古泉の手が動いて先を進めていくのだから、未経験者はそれをただただ受け入れていくことしかできないのだ。
 ただし、それは正確には上でも下でもなかった。
 古泉の舌は俺の口内を嘗め回すのに飽きたのか、耳の後ろから首筋を伝い、そこから徐々に下に落ちていく。ブレザーもワイシャツも、記憶にないうちに脱がされていた。ちなみに肌着はまるで子供が親に脱がされるように脱がされたので、抵抗があったから覚えていた。
 古泉の白い指が俺の肌を伝い、その後を追うように舌も動いてゆく。もうその頃には俺の口からは意味のある言葉は発せられることはなく、なるべく音を出さないように努力するのが精一杯だった。
 だが、さすがに俺のものを古泉に握られたときは、変な声が出てしまった。
「あっ、それ、やめっろよ!」
「大丈夫ですよ、さすがに最後まではしないですから。あなたは感じているだけでいい」
 最後までって何だよ!と叫びたかったが、古泉の指が俺を握り締め、直接的な刺激を与え出したので、俺は身悶えるしかなかった。男の急所を握られてるんだぞ。頭の中は沸騰して、何も考えることができなくなったとて仕方が無いだろう。
 それに古泉の指が、そもそも悪い。白くて、長くて、一見女性のようななよなよしさだというのに、俺を握るそれはやはり男のもので、骨っぽくて俺を混乱させてくれるのだ。先ほどの長いキスのときには感じなかった同性とセックスをしているのだという事実を、古泉の指のせいで今更ながらに俺に思い起こさせてくれた。
 昼休みに震えているのを見た時は、可愛いじゃないかと思った指先も、今では俺を翻弄させる憎い男の指だ。可愛いだなんて一生思うものか!
「んっ…、ちょ、まて…って」
 初めて他人の手で追い上げられて、俺は冷静ではいられなくて力の入っていない手で妨害を試みてみるも、しょせんは快楽に負けてへろへろになっている俺の力ではいつの間にか強気に出ている男を払いのけることなどできず、かえって伸ばした指を捕まれて一緒に自分のを握らされる羽目になった。
「あっ、古泉ぃっ…!」
 非難じみた声を上げても、こいつはやめることはなかった。恥ずかしい限りだ。経験の無さというものが、こんなにも相手との差を見せ付けられるとは考えてもみなかった俺の甘さに呆れる。
 だが、やられるだけではどうにも腹の虫が納まらなくて、頑張って古泉のセクハラな手を払いのけると、俺の上に覆いかぶさっている古泉の制服のズボンのチャックに手をかけた。
「!?なにを?」
「俺だけやられるのは性に合わん。おまえも出せ!」
「そんなことを、あなたがやらなくてもいいんです!」
「うるさい!セフレなんだろうが?友達って単語が入ってるんだから、助け合うのが当然ってものだろうが!」
 さすがに自分でも何を言ってるのかわけがわからないが、俺はこのまま古泉に何もかも主導権を取られるのだけは遠慮したかったのだ。
 男としてな!押し倒されて、色々されて喘がされていたとしても、その辺だけは譲れんものだろうが。
 無理やりにズボンからこんにちはさせた古泉のものが、きちんと固くなっているのを見て、俺は溜飲を下げた。ああ、よかったぜ。これで萎え萎えにでもなっていたらさすがに申し訳ないからな。
「こういう二人で触ることも、セックスに分類されると思うか?」
「し、知りませんよ…、ちょ、あなた、気持ち悪くないんですか?」
「その言葉を、おまえにそっくりそのまま返してやる」
「…開き直りました、か。…う、んっ」
 あ〜も〜、喘ぐな!その声で!俺の耳元で!
 熱い息と低音で響く声を聞いて、俺のものは格段に元気になってしまった。……俺は声フェチだったのか。ははははは〜だ、知らなかったよ。こんな性癖は、一生知らなくても良かったぞ。
 俺の新たに発見されてしまった性癖のお陰か、いつもよりも(断じていつもよりも)早く、古泉の手の中に俺は、いわゆる若さのほとばしりを吐き出してしまったわけだ。
 …ああ、情けない。
 古泉のものはまだ達していなかったのだが、俺は先に出してしまったのでくたりと力が抜けてしまったのだ。
「……はっあ、あっ、はあっ…、くっそ」
「…すみません、お疲れでしょうが、お手を借ります」
 古泉は力の抜けた俺の指ごと自分のものを握り締めると、そのままマスターベーションを開始した。俺はまあ、いかされた手前、自分の手を貸すことは別に不満もなく、目の前で小奇麗な顔が快感で歪むのをぼんやりと見ていたというわけだ。
 しかし、綺麗な顔ってのはこんな時も綺麗なままだな。いくときの眉を寄せる表情も、ちょっと悪くないと思ってしまったそこの俺。後で冷静になったときに悶絶打つに決まっているのだから、そろそろその辺の甘ったるい感想を持つのをやめておけ。
「……んっ」
 指と腹を濡らされて、ああ、いったんだななんてやけに冷静に思っていると、古泉がこちらに目を向けた。

 …んだよ、それは?
 気持ちよかったんだろ?もっと「あ〜気持ちよかった」って顔を見せてればいいじゃないか。どうしてそんなに辛そうな、絶望したみたいな顔をするんだ。
 ここは俺が確かに住んでいる現実世界なのに、こいつの顔色だけ見れば、それは前に連れて行かれた灰色閉鎖空間の中のようだった。
 死人の顔だ。目も顔色も、全てが絶望して死んだ人間の顔だ。
 どんなに俺が嫌いじゃない小奇麗な顔つきだったとしても、浮かんでいるのがそれでは見ているのが辛くなり、俺はこいつの顔を見ない為にこいつの背を引き寄せて、その肩に顔を埋めた。
 顔は死人のものでも、体温だけは温かかったのでほんの少しほっとすることができた。