ぶっ生き返す!!


 結局、そのまま力尽きた俺は、古泉に抱きついた状態で眠りこんでしまったようだ。不覚。目が覚めたのは、俺の携帯が鳴ったからだった。俺はそのことに気が付いてはいたのだが、どうにも目を開けることができなくて身体を起こすことができないでいた。
 しかし聴き慣れた着メロは、すぐに音を収めた。古泉が俺の携帯を取ったようだ。何かを話している声は聞こえたが、俺はやはり起きることができなくてそれを夢うつつで聞いているだけだった。
「…はい、ええ。そんな迷惑だなんて。こちらこそ連絡が遅れまして申し訳ありませんでした。…はい。本人の目が覚めましたら、すぐに連絡させますので。それでは、失礼いたします」
 この下りを聞いて、ああ、家からか…と直感的にわかった。家から電話が入ると、俺の名字が携帯に表示されるようになっていたので、古泉も機転をきかせて取ったのだろう。古泉の受け答えはそつがないから、母親もうまく誤魔化されてくれたに違いない。どれだけ寝ていたかわからんが、きっと家に帰るには相当に遅い時間になっているのだろう。
 そんなことをつらつらと考えているうちに、段々に意識が浮上してきた。
 先ほどまで上げることのできなかった瞼は、何のことは無くぱちりと開いた。部屋の明かりはついてはおらず、隣家の明かりと街灯の明かりが差し込んでいるおかげで、部屋の中が判別できる状態だった。
 隣には当然古泉はいなかったので、思わずその姿を探した俺の目に留まったのは、ベッドとは反対側の壁に背を預けて座り込んでいる古泉の姿だ。薄暗いせいで表情の機微は読むことはできなかったが、その様子は「疲れた」のひと言で表現されるほど、気だるげで鬱々としたものだった。
「起きましたか?」
「あ、ああ」
 身を起こしてから気が付いたのだが、なんと俺は全裸だった。制服は律儀に壁にかけられてあったが、下着の所在は確かではない。古泉を見れば、何故かこいつは制服のままであったが、ブレザーは床に脱ぎ捨てられてあったし、ネクタイもだらしなく首にかかっているだけ、ワイシャツの裾も飛び出した姿で、益々その格好のだらしなさが古泉の「疲れた」を具現しているかのように見えた。
 下半身がべたべたしていないところを見ると、こいつに拭かれたんだろうな。もう、俺の中ではそんな程度のことは恥ずかしいと感じることはないようだ。
「…電話、家からだったんだな。悪い」
「いえ、あなたは具合が悪くなってしまったから、僕の家に泊まらせると伝えました。後でご自分からかけなおして下さい」
 そう言ってから何かを思い出したのか、古泉がくすり笑ったのが空気の震えで感じ取れた。
「なんだ?」
「いえ、あなたが僕のことを親御さんに話していたとは思ってもいなかったものですから…」
「……ここ最近いつも一緒にいる奴らの話だったら、家族に言うもんだろうが。それに妹はおまえのことを認識しているし、俺だけが親におまえのことを話して聞かせているわけじゃないぞ」
 くそ、母親が古泉だとわかった途端に発した言葉が手に取るようにわかるぜ。
「ええ、でもお陰で助かりました。名前を言っただけで疑われずに済みましたから」
 また思い出し笑いをする古泉。こういう親が絡んだ話をするのは、お年頃の少年Aたる俺には恥ずかしい気分だ。とりあえず今後そのような機会をこいつに与えないようにするか。
「…これからはきちんと俺が家に連絡しとくさ」
「え!?」
「なんだ?その驚いたような声音は」
 俺たちの今後のことを考えれば、俺はおまえの家に泊まることが増えるということになる。違うのか?
「僕と、あなたの、先ほどのような関係を続行すると仰るんですか?」
 意外そうな声だ。なんだ、なんだ。おまえはあれで終わるつもりだったのか?
「まあ、なんだ。俺も快楽には弱い一男子高校生なわけなんだよ」
 一度覚えた快感ってのは、簡単に忘れられるものではない。もしこの場で、今日限りのことで忘れましょうね、なんて終了したとしても、俺はこいつの白い細い女みたいな指が、男らしい骨っぽい指なのだと知ってしまったわけで、ボードゲームに興じる度にそのことを思い出し、それに伴ってこいつの指やいく時の顔を思い出しては居たたまれない思いに頭を悩ませるに決まっているのだ。
 それならば、この行為を続けるほうが不毛じゃない。どうせ始めてしまったのだ、もう次のステップに進むのもそれほど互いに抵抗はないだろう。
 おっと、これは俺だけの考えで、もうこいつはさすがに勘弁だとでも後悔しているのだろうか。さすがにそこのところは確認しておかないとな。
「おまえが、さすがにもううんざりだと言うのなら、別段無理に続行しなくてもいいがな」
「いいえ!」
 俺の言葉が言い終わらないうちに、古泉は否定の言葉を被せてきた。なかなか、きっぱりはっきりとした物言いで。
 しかし、勢い込んで言った割には、そのあとはもにゃもにゃになってしまったわけなんだがな。
「あ、いえ…、あなたが、涼宮さんと付き合う気がないというのならば、僕はご協力させていただきますよ」
「…そうだな、おまえはこの快楽現象を俺に教えた責任を取るべきだ」
 一番最低な理由付けで、俺たちの関係は決められてしまったわけだな。本当はハルヒなんか関係ない。おまえもそうだろうが?
 でなかったら、おまえが言った破天荒な理由を俺が飲んだ途端に、辛そうに微笑む筈が無い。
 こうして俺と古泉の、所謂セフレ関係というものは始まった。
「あっと、一つ言い渡しておきたいことがあるんだが」
「はい?なんでしょうか」
「このことを機関とやらに報告するのは勘弁願いたいんだが」
「ああ、なるほど」
 なるほどじゃない。それでなくても男同士の不毛な、しかもただのセフレ関係だ。それを観察対象にされるのは自殺したいくらい耐えられないことだし、むしろ黙認されて、時たま会う森さんや新川さんの笑顔の下に隠された興味の視線というものに晒されるのもごめんだ。
「大丈夫です。僕もさすがにそこまでのプライベートは報告するつもりはありません。それに…」
 古泉が立ち上がり、こちらへと近づいてくる。外から入る明かりのせいで、古泉の影ははっきりとした形を持ってはおらず、ゆらゆらとまるで幽霊のように壁に映り出されている。
 ふむ、死人の次は幽霊か。どうにも今日はその手の連想が多いな。
 その影が俺の影と触れ合った。
 実際は触れてはいなかったが、古泉と俺の影は確かに重なり合っていた。
「…あなたは機関のことなんか口にしないでください」
 お願いします。と泣きそうなくせに笑顔のこいつが訴えるので、俺も一つ条件を出すことにした。
「わかった。じゃあ、俺からも頼みがある」
 この部屋に俺がいる間だけでいいと、先に断っておく。
「はい?」
「俺がこの部屋に入った瞬間から、ハルヒのことを口に出すな」
 古泉がハルヒのことを口にする度に、死にそうな顔になるのだ。そんな表情を見せられたら俺は引く。先ほども思い切り引いた。だから、そんな辛そうな表情を見せるくらいならば口に出すな。その綺麗な顔を歪めさせるな。
 古泉はひゅっと息を呑んでから、やはり死人の顔で「わかりました」と微笑んでくれた。

 くそったれ。